332話 浮かぶ不穏
332話目投稿します。
今一番欲しいものは情報。
それすらも時間に迫られ、やむなく後手に回る状況…。
夜。
スタットロードの邸宅に再び集まったスナントから王都に戻った、或いは訪れた仲間達。
無事に…というのもこの王都に於いて言えばおかしな言葉ではあるが、今の王都では何が起こるか分からない不透明さは否めない。
ともかく、皆が集まっているか、改めて各々の姿を確認する。
まずは王都に来るのは今回が初めてとなるヴィンストルの面々。
引き続き私に同行する形となったカザッカ、サティアの兄妹と、選別されて同行となった戦士が3人。
王都に帰還した形になったのは、レオネシア、オーレン、イヴの3名、技術院勢のノプスとパーシィ。2人の服が別れた時に比べて錫汚れとボロボロに見えるのはとりあえず気にしないでおこう。
『えっと…ロニーは…』
「あちらに。」
見回した私に屋敷の従者がすかさず声を掛け、指し示す。
『また寝てる…』
ロビーの壁際に設けられた長椅子に横たわる姿を確認して一先ずは約束を覚えていただけマシとしよう。
私とヘルトは一日ずっと一緒に居たので問題は無いが…
『あれ?カイルは?』
ガチャリと扉が開き、件の男が姿を見せた。
「すまん。遅れた。」
状況的に一瞬でも心配させたカイルを睨む。
『!?』
少し開いた扉の隙間から体を滑り込ませたカイル。
皆の視線が彼の姿を見て、皆同様に息を呑んだ。
『カイル!!』
一足で傍らに近付いた私に、カイルの体重が伸し掛かる。
遅れ馳せながら駆け寄った皆と、急ぎ治療の準備を始めた従者。
不穏な王都の空気が屋敷のロビーにも充満していく。
「あのカイル殿をあれ程の目に合わせる者が居ようとは…」
ロビーに残った者たちの中、戦士たちの会話が耳に届く。
短いながらも共に過ごした中で、更に先日の私との立ち合いの記憶も相俟って、間違いなく私たちの仲間の中で随一と言っていい程の実力者、それが今のカイルに向けられた印象だ。
別室で治療を受けているカイル。
私の手を染めた血の一部が乾いてパラパラと散る。
「フィル…貴女は大丈夫?」
『叔母様…ええ…だい、丈夫です。』
彼の身に何が起こったのか?、相手は?、何故?、何とか叔母に返事をしたものの、私の思考は行き場の見えぬままぐるぐると回っている。
そんな私の意識、感知能力に強い反応を生む何かが首筋を横切る。
…表に。
微かに聞こえた声。
「フィル?」
再び心配の呼び掛けをくれた叔母にもう一度『大丈夫』と告げ正体が見えない声に導かれるように屋敷の外に躍り出た。
「アンタは無事みてぇだな、ゴトーシュ。」
屋敷の外に出た私に、頭上から掛けられた声。
2階の外壁、採光用の窓の脇に闇夜に紛れる黒尽くめの姿が見えた。
『チキ?』
「どうやら無事みたいだな。」
情報源として会いたかった者ではあったが、聞いた感じからすれば、マグゼの指示というわけではなさそうだ。
『王都に何があった?、カイルは何であんな傷だらけに…』
「悪いんだかあまり正確なことはオレにもわかんねぇんだ。でも一つだけ言えるのは、急いで上層から出た方がいいって事だ。」
チキの話によれば、異様な雰囲気の出所は上層部のどこか。
彼は以前と同じく、王都の外から監視を行っていたため、その異様さが起こった時に外部から見ていられた。
『屋敷の中は雰囲気を感じないんだけど…』
「そりゃそうさ。屋敷には先代の結界が残ってるからな。」
またしても亡き叔父の遺した物の存在を知る。
「でもそんなに長持ちするもんでもなさそうなんでな、早めに、せめて下層に降りたほうが良いって事さ。」
『そっか…ありがとね。助かったよ。』
「べ、別に大した事はやってねぇよ。」
ついでに相応の照れ隠しも見れて一安心だ。
『カイルの治療が終わったら早速動かないと…チキ、大変と思うけどまた何か分かったら教えてね?』
フン、と鼻を鳴らして小さな黒尽くめは姿を消した。
仕入れた情報を皆に伝え、私たちは共有の時間を一時的に中断。
取り急ぎの準備を終えて下層へと一時的な拠点を移すこととなった。
選んだ場所は学術研究所。
現在は空き部屋となっている研究室を間借りする形で一時の避難場所として駆け込んだ部屋。
私の、そしてロニーのお気に入りの場所でもある書庫も近い。
前所長だったアインの座を継いだのは、レオネシアではなく、ロニーの上司でもある教授だ。
当初はそのままレオネシアが継ぐはずだったが、先代の意志を尊重してくれる所員に引き継いで貰うのが最善と判断したレオネシアの意志でもある。
件の教授に状況を伝えるために離席したレオネシアを除く私たちは適度な広さと、落ち着ける空間としては申し分ない家財道具も備え付けられている。
しばらくの滞在場所としては十分だろう。
屋敷自体もチキの話に拠れば上層部でも安全な場所ではあるが、この状況も相俟って、最低限の従者に任せる形で下層の別宅へと移っている。
カイルは気を失ったまま、安静に出来るベッドがある別宅へと従者の手によって運ばれ、今現在は同じ屋根の下には居ない。
『皆、唐突な事だったけど協力してくれてありがとう。一先ず今日のところは慌ただしい感じだから、改めて明日にでも話をしましょう。』
集まった者たちに一旦の休息を伝え、私もまた部屋を後にする。
研究所の外に出て吸い込んだ夜の空気は、成程。確かにチキの言う通り上層との違いを感じる。
となると、一層心配になるのは城に居るはずのラグリアの存在だ。
『何事も…ないよね?』
応えてくれる姿は今の私の傍には誰も居なかった。
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不思議な違和感の恐怖は、何よりも直面している者が気付けないところなのかもしれない。
次回もお楽しみに!