331話 王都の斜陽
331話目投稿します。
上手く行かない時だって必ずあるもので。
積み重なればそれは不安にもなる。
「所長、ひとまずは技術院でいいですかね?」
「そうだね。ドックもあるし整備も楽だろう…途中で降りたい人は教えてね〜」
開かれた王都の門戸をくぐり抜け町の中、大通りを通行人に注意しつつゆっくりと進む船。
通行人の数は普段通り、船上の私たちと目が合った者は各々に手を振ったり、会釈をしたりと決して暗い雰囲気はないのだが…。
『何か…』
「ええ…静けさが際立つように感じます。」
ヘルトの言葉は見事に的を得ている。
決して暗くはないのに、以前王都全域を包んでいた華やかさ、賑わいといった空気感が欠けている。
「フィル、私たちは南から上がるけど貴女たちは?」
レオネシアはオーレン、イヴと御付きの従者と共に南側の大型昇降機から屋敷のある上層に向かうようだ。
『ノプス所長、あとロニーも、そっちで何か手伝える事はある?』
叔母の肩越しに声を掛けた返事は、今のところは特に、といった物だった。
状況を探る、情報を拾うとすればキョウカイの面々と合流するのも吝かではないが、纏め役のマグゼは今現在、出発地であるエディノームを拠としている。
あの媼の事だから何某かの手を打っているとは思うが出発前に細かい打合せの時間を取れなかった今となっては構成員からの動きを待つ以外の手段は思いつかない。
『そうですね…取り急ぎの用事はなさそうですが…ヘルト、城には入れるかな?』
「無碍に追い返される、という事は無いと思いますが…」
確約は出来ない、といったところか。
いずれにせよ、私たちも一旦は上層に上がる流れとなった。
「では、夜に屋敷で。」
王都中央区画の南側に設置された大型の昇降機で私を含めた一部の同行者は下船する事となった。
船上から皆が感じた事、王都の様子を実際の目で、耳で仕入れた情報を共有するために集まる場を作ることとして、一先ず船旅は終わりを告げた。
『カザッカもサティアも王都は初めてでしょう?。後で時間があればお出かけしましょう。』
同行した兄妹と他数名は初めて訪れた王都の光景に目を回しそうな勢いで興味と視界を奪われているようで、私もカイルもこんなだったのかな?と心の中で笑った。
「えっ!、いいんですか?」
『うーん…確約はできないかもだけど、ね?』
やったぁ!と飛び跳ねるサティアは年相応で見てて和む。
その光景を、やはり自分も嬉しそうな雰囲気で眺めるカザッカも同様に尊い。
昇降機に乗り込んだ際もヴィンストル勢たちの盛り上がりは見てて嬉しくなるような感動っぷりで、何か得るものがあったのなら互いの理解や発展にも役立つ一縷だろう。
『まぁ…予想はしてたけどさ。』
昇降機を降りたところで待ち構えていた屋敷からの迎えには、もう驚き、感動、感激を超えて一周回って呆れすら感じる。
あの屋敷で働く人たちは私より余程洗練された探知能力があるんじゃないか?と疑うほどだ。
「お帰りなさいませ」と誘導された馬車。
レオネシアだけは私たちと別の馬車に乗り込む。恐らくは屋敷につくまでの間に報告の時間を作るためだろう。
短い時間でも有意義に。
頭が下がる。
兄妹を始めとするヴィンストル勢と、レオネシア、オーレン、イヴを屋敷に降ろし、私とヘルトはその足のまま王城へと向かった。
カイルはというと、てっきり一緒に来るものばかりと思っていたのだが。
「んー…俺はいいや。堅苦しいの苦手だし。」だそうだ。
というか、この奇妙さを感じる雰囲気の王都で女の子2人にさせるのは護衛、守護役と普段から前に出たがる者としてどうなのだ?
「フィル様?」
『あー…うん。何でもないよ。』
妙な空気だけが残ったものの、馬車は気にせず王城へと向かった。
『何か…緊張するんだけど…』
王都に暮らしてた時は何かあれば気軽に来てたはずの王城。
今はその雰囲気とは明らかに違う。
横を歩くヘルトを見ると、少なからず異なる空気を感じ取っている。
多分互いに、何が?と聞かれれば答えに困るところではある。
けれど間違いなく違う。いつもの空気、知っている空気と違う。
流石に急すぎる訪問は以前城に勤めていたヘルトの同行があっても容易く通過は出来ないようだ。
「フィル様、どうされますか?」
馬車に戻った私たちは、屋敷の方向に向けて進む事を余儀なくされた。
御者から掛けられた目的地は、一先ず屋敷で大丈夫と答え、大きな溜息と共に背凭れに体を預ける。
『まさか中にも入れてもらえないとはね…』
情報を得られなかったのは勿論だが、ラグリアに会えなかったというのは私としては何というか…宛が外れた?
町の雰囲気とはまた違う違和感を感じざるを得ない。
『少し、心配だな…』
気軽に会いに来て構わない、と言ってくれてはいるものの、相手は紛う事なく王国の頂点に立つ人。
普通に考えれば容易く会えるような人ではない。
忙しく立ち回るラグリアの姿は、私の記憶の中の姿と一致はしないが、一時でも会うのが難しいというのなら、きっとそうなのだろう。
町の空気感も相俟って、心配の気持ちが膨らむ。
「また日を改めて会いに行きましょう。」
そっと重ねられた手を、返した手で握り返す。
勤めていた頃の伝を頼ってみる、とヘルトが言ってくれた。
少なくとも城内の情報も知ることができるだろう。
揺れる馬車から覗く外の景色は夕暮れ。
やはり王都の景色は変わらず綺麗だ。
静かな町の空気も手伝って、斜陽が一層美しい景色を際立たせていた。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
ここはまるで見た事もない町…そう感じてしまうのは何故だろう?
次回もお楽しみに!