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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第九章 禁呪
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330話 静かな景色と懐かしい空気

330話目投稿します。


華やかだった王都の空気は静けさを漂わせ、その静けさは懐かしい温もりを誘う

王都の中でも、上層部とされる区画は文字通り王都の中心、中に浮かんでいる部分で、更にその中央に位置する王城は平地区画よりも先に目に入る光景だ。

私もカイルも初めて目にした時は、その美しさに言葉を失った程だ。


しかし、今視界に見えてきた王都の景色は何処となく、華やかさ、彩りを失い、どちらかと言えば厳か、神聖さすら感じるような静かな雰囲気だ。




「何か妙な気配がするな…」

『ん…』

乗船した殆どの面子が甲板に集まる中、私の隣に立つカイルが苦虫を噛むような表情で私に声をかけた。

それを聞いた私も私でカイルが言うように不思議な気配を感じてはいるものの、その正体が分からずに居る。

何処かで感じた記憶がある…はずなのに、思い出せない。

考えたくはないが余り良い記憶でない事は何と無く分かる。


「所長、どうします?」

操舵室の小窓から顔を覗かせてノプスに指示を仰ぐパーシィ。

「うーん…出る前はこんなじゃなかったよね?」

後ろ足で操舵室に近付きながら、視線は王都を捉えたまま呟くノプス。


「…凄い静かな雰囲気です。」

「そうね。王都の活気が感じられないわ…皆大丈夫かしら。」

「…」

カイルとの鍛錬を終えたオーレンは汗を含んだ服を着替え、イヴと母親の傍らに立っている。

少し気になったのはイヴの様子だ。

怯えるようにレオネシアの腰元にしがみついている。


『イヴ、どうかした?』と声をかけるが、返ってきたのは「分からない」「寒い」といった原因も分からない答えだった。


「フィル様…いずれにせよ王都に向かわない事にはどうにもなりません。」

多く、彼女自身もまた王都の雰囲気に戸惑いを隠せない中、それでも留まるわけにもいかないとヘルトが進言を買った。

『そう…だね。所長!、パーシィも、止まってても何も変わらない!行きましょう。』

皆で進めばなんとかなる。

私が迷う時は誰かが支えてくれる。

なら飛び込め!


私の声を聞いた2人は親指をグッと立て、ノプスは進行方向に大きく腕を振りかぶり、パーシィは舵を握り直した。




「ふぁ〜…ぁあ〜…」

気分一新とばかりに再び進み始めた陸地を走る船の甲板に、気が抜ける間延びした欠伸声が聞こえた。

「あ、やっと起きた。」

操舵室の横を通る姿にパーシィの呆れ声が投げかけられる。

「おや、学術の虫がやっと起きたみたいだねぇ?」

パーシィ程ではないがノプスもまた、その姿に苦笑を浮かべる。


「何?どういう状況?って何で王都に向かってんの?」

瞬きを繰り返し、寝ぼけ眼から回復した光景を見て件の人物が奇声に近い大声を上げた。

『ロニーさん…居たの?』

そう。

恐らく船と共にスナントに来るだろうな?と予想していたのだが、一向に姿が見えなかった為、てっきり今回は同行していないのだろうなと思っていたロニーの姿がそこにあった。

「あー…駄目だ。頭回んない…だれかーごはんー…」

しばらく会わない内に以前より遥かに酷いズボラさだ。


「えー、じゃあ私は気付かずに籠もってたってこと?」

『生活感がどんどん酷くなってない?』

「あはは…いやぁ、本があるとついね。」

ヘルトが用意した食事を貪りながらだらし無く笑うが、本来なら私も彼女寄りの性分だけに一概に笑えないところはある。

「初めて会った時と全然印象が違うんだけど…」

流石のカイルも苦笑。

彼女がこんなになるまで部屋に閉じ込めておける書物とは一体どんな代物なのか気にならないと言えば嘘になるが…。

ふと気付いた。

『私って最近…』

目まぐるしく取り巻く環境の波に流されてばかり、彼女のように寝食を忘れて読書に取り憑かれる事も、ノプスのように何かを作ったり試したり、カイルやオーレンのように鍛錬に汗を流す事もない。

『趣味ってなんだろ…?』

「何だ、今更無趣味に気付いたのか?」

うん、これは馬鹿にされてるな?

ドスン!と無言で腹に拳を向ける。

「おふっ!」

まぁ…間違ってはいないけれども、カイルに言われるのは何故か腹が立つ。

『アンタだって日課やってるだけでしょうが。』

「ぐぬぅ…このバっ…」

『バ?、何?』

蹲るカイルの前に仁王立ち。

「ナンデモナイデスー」

目線を逸らすカイルは置いといて。

ロニーに目を戻すと、どうやら食事は終わったようだが何やらニヤニヤしているような…。

『な、なに?』

「いやぁ…船旅の頃より仲良く見えてさ。」

ねぇ?と他の人に同意を求めるロニー。

『えっ…あ…ぅ…』

ノプス、パーシィは元より、レオネシアやオーレン、彼にじゃれつくイヴも笑っている。

他にも甲板に出ている乗員の多くからも向けられた笑顔は、まるで先程私がイヴとオーレンに向けたのに近いような、そんな笑顔で恥ずかしさの余り、顔が赤く…いや熱くなる。

『うぅ……』

何なのか!

ちくしょう…




照れ隠しに船室に逃げ込んだものの、限られた船内ではたかが知れている。

とはいえ、一先ず気持ちを落ち着かせる時間が欲しい。


船内の廊下を進むと内部はそれ程以前と変わっていないのに気付く。

多分この先に私に充てがわれた部屋があるはずだ。

あまり長い間使っていたわけではないが、あの部屋は嫌いじゃない、むしろ落ち着ける場所だった。

そこそこの大きさの部屋に、小さくても外の景色、利用していた当時はぼんやりと揺れる水平線を眺めて眠りに就いた。


カチャリと開いた扉。


ああ成程、敢えて誰も使ってなかったんだな。

海上から離れている事もあるだろうが、仄かに残る潮気を帯びた空気が扉の外の空気と入れ替わるように鼻先を通り抜けた。

その空気感と少し埃が重なった室内は、あの船旅を思い出させた。


ベッドに腰掛け窓から覗く景色は、先程の王都の光景同様に静かで、地を走る振動はあの船旅とはまた違った景色を見せる。


無意識に伸びた指先が枕に触れる。

気付いて視界を映した枕元…そうだ。

あの船旅で、あの愛らしかった毛玉は、己の主ではなく、私の枕元を寝床にしていた。


『…ん…ズズ。』


少しだけ、鼻先に感じた悲しさ。


あのモフモフはもう触れることは出来ないんだよね。

楽しかった冒険の日々と、戻れない、戻せない時間は誰もが同じ時間の中で生きてきた証だ。

遺された者は、託された想いを継いで、重ねて生きていく。


シロの記憶も、想いも、温もりも、その僅かな欠片は私の、カイルの、皆の中で生きている。


『きっと…ね。』





感想、要望、質問なんでも感謝します!


時を生きる。

それが命の形。


次回もお楽しみに!

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