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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第九章 禁呪
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328話 心地よい朝に

328話目投稿します。


朝の散歩というのはどんな状況においても心地よさを感じられるものだ。

一夜明けた町の中。

私は一人、日の出前の町を歩いていた。

『少し寒くなってきた…かな?』

僅かに白く染まる吐息が次の季節を感じさせる。

目的地は昨日賑わった闘技会場。


最後の一撃は見事に私の意識を刈り取り、皆がカイルに大きな期待を賭けていたにも関わらず、実際に事の終わりが目の当たりになると期待以上の活躍となったカイルより、皆の中で、よもや倒れる事など考えられもしなかった私への心配の方が強く、こっ酷く叱られたという彼の方が余りにも可哀想と思えるほどだった。


舞台上で目を覚ました私がまず最初に感じたのは、私を取り囲んで心配の声を掛け続ける皆の声に安堵したのを憶えてる。

隙間から見えたカイルの姿…何やらマリーとヘルトに怒られていたようだが…それを見てパタリと力が抜けて大の字になったまま、視界いっぱいの人の輪の中心に覗く空を見上げて笑った。




ッ…ッ…

目的地に近くなるにつれ、私の耳が捉えた物音。

一定の間隔で、寸分と変わらず繰り返す音は雨音、川の流れるソレを彷彿とさせる。

『…昔はサボってばっかだったのになぁ』

会場の客席外周、見下ろす先、舞台上で件の物音を立てるのは、昨日その手で私を吹っ飛ばした張本人。

片付けられていない舞台袖の立て看板に書かれた数字に舌打ちするものの、多分これが私にとって最高の結果なんだって言うのも喉の奥に飲み込んだ事実だ。


そのまま客席に腰を下ろし、舞台上で素振りを続ける姿をぼぅっと眺める。

以前、同じようにカイルの鍛錬を眺めていた事があった、あれはいつだっただろうか?

正確に憶えているのは、今と同じ様にゆっくりと流れる時間の中で、彼の動きだけが時間を刻むような、そんな感じだった。

『このまま、ずっと続けばいいのに。』

私たちを取り巻く時の流れは目まぐるしく、そんな事は決してない。

それでも、こんな時間、何でもない時間をゆっくり過ごせたら、それはきっと幸せな事なんだろうなと思い、願う。




『流石ね、って褒めたほうがいい?』

「後が怖いからいらねぇ」

『町最強の男のくせに情けない。』

居ると分かっていれば汗を拭う浴布でも用意してきたのだが、残念ながら手元に渡せそうな物はない。

その心配も必要なく、自前で用意していたボロ布で汗を拭う。

すでに私自身、見慣れてはいるし端っから気にするような性格でもないのだろうが、上半身裸の状態で異性の前に立っているという意識がこの男にはあるのか?少々…いや、かなり疑問に思う。

『まぁ…目の毒ではないか。』

「何か言ったか?」

『なんも』


「町最強って強そうに聞こえないんだけどなぁ…」

『比べるとこがないんだから仕方ないでしょう?』

事実ではあるものの、確かに本人が言う通り、昨日付けでカイルに与えられた形のない称号は言葉だけで見れば本当の意味を知る事は出来ないだろう。

少なくともこの国の今の状況を知る者でなければ価値はわからない。

今現在、建設途上のこの町エディノームには王国全土と言っても強ち間違いではない国民の動きと注目があり、この地には国内でも名が知れている者たちが集まっている。

昨日の催し自体は言わば町全体と私の対峙であり、個の力量とは言い切れない点はあるが、彼の実力はそれを踏まえても町の総意で認められた代物だ。


「万全だったらわからねぇけどさ、まぁ…精進するわ。」

嘯く彼の表情を見ていると安心する。

今はまだ、でもいずれきっと、必ず、に進化していく、そんな確信を抱かせてくれる。


「これからどうする?」

日課を終えたカイルは、まだ汗が乾ききらないままの上に一張羅を被り、手早く片付けを済ませた。

『んー…特に予定はないけど、アンタは?』

メシ食って工房、と短く答えて足早に去っていく。

さよか。

「…あー、メシ食うか?」

今思いついた、と言わんばかりに掛けられた言葉。

『はぁ…』

溜息をついて、彼の後を追った。

『奢り?』

「タカるなよ、代表が。」

少し赤くなっている表情に、内心ほくそ笑み、それでも嬉しくなっている私の歩みはとても軽かった。




カイルとの朝食後、動き始めた町中を散歩。

行き交う住人と挨拶を交わしながら、町の中心に向かう。

誰かしらの姿を探し、結局は会議場に辿り着く。

『…誰がいるかな?…あ。マリーさんだ。』

資料をそれぞれの席に配っているマリーが私の声に反応してこちらに振り向く。

「おはようございます、フィル様にしてはお早いようですが?」

『…眠れなかった…ってわけじゃないけどね。むしろ皆のお蔭でぐっすり眠れたからかも?』


カイルに負けた理由の中でもマリーを始めとする魔術士隊の功績は大きい。

私の回線が途切れていなければ現状でカイルの勝ち筋は殆ど無いだろう。

自分の勝敗よりも最終的な勝利を目指す、その為に進んで捨て石になれる。

軍師という役目を担う立場であることは勿論だが如何にも彼女らしい作戦だった。

女性である彼女に失礼な印象だが、言葉としてしっくりくるのは漢らしい、という言葉に尽きる。


『早起きできたお蔭で、美味しい朝ごはんにありつけたよ?、カイルの奢りで。』

「あら、それはいいですね。」

お膳立ての報酬を貰わなければ、と息巻くマリーの手伝いを買って、幾種かの書類を受け取る。

『えっ…マリーさん、これって…』

「ええ、次の私たちの目的地です。あくまで概算と推測ではありますが…」

マリーの表情と言葉が僅かに重みを増した。


『セルスト卿が居るかも知れない…何でここに…』

簡易的な地図だとしてもこの国に住む者なら誰だって分かる。


描かれた地図。

次の目的地と言われた場所、それは…。



感想、要望、質問なんでも感謝します!


目的地、あまりにも予想外のその場所は、己の目で見ない事には納得できそうにない。


次回もお楽しみに!

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