323話 自制の拒絶
323話目投稿します。
結局のところ、安らぎを得られるのは温かい人の心なのだ。
「ご気分は如何ですか?」
『…』
自分の悲鳴で目覚め、暴れて突き飛ばしたカイルの必死の抱擁から少し落ち着いたものの、未だに着地点の見えない深淵にゆっくり、ゆっくりと引きずり込まれるような焦燥感は消えず。
色々と自分だけでは手助けできない所もあるから、と入れ替わりに訪れたヘルト。
心配してくれているのは分かる。
けれど今は誰にせよ近付かれるのが怖い。
察してか、こちらの様子を伺いつつ歩み寄るヘルトの足取りに逐一肩を跳ねさせる自分のなんとも情けない事か。
「フィル様はとっても強いんだよね!」
夢の中で投げつけられた言葉が胸に刺さる。
強い…強いなんて…
『…へ、ルト…』
私が怖くないのか?と言葉にするのが怖い。
震える口元が私を遮る。
無意識に振ったこの腕は、カイルの体を容易く吹き飛ばし、衝撃で部屋の壁を破壊した。
後になって気付けばそれだけじゃない。
部屋に設えられた殆どの物、置かれていた書類束、飲みかけのカップ、見るも無惨で部屋をひっくり返したかのような惨状。
私の胸を占める警戒心から片付けも出来ず、私自身も動く事も出来ず、ただベッドの上で震えている。
「フィル様、お近くに行っても良いですか?」
リグと対峙した際、自分の中に在る力の使い方に初めて触れる事が出来た。
完全にとは言えなくても時間を掛ければ私が望む力として身に付けられるのだと思っていた。
カイルと違って体を鍛えてないヘルトに、手を上げてしまったら…
『で、でも…』
「大丈夫、大丈夫です。」
一歩、彼女が一歩踏み出す毎に胸が脈打つ。
『は…ハッ…ハァっ…』
「フィル、大丈夫、貴女は大丈夫。」
『フー…フー!…』
「フィル、大丈夫。」
伸ばされた指先が、腕に触れる。
ビクりと大きく跳ねた一瞬、今だけは、カイルやヘルトが経験したよう、体が固まればいいのにと、不謹慎と言える気持ちになる。
「私も、皆も、貴女が大好きです。」
『う…ぅ…』
怖い気持ちを抱えたまま、怖ず怖ずとヘルトの背中に腕を回し、その身を包む衣服を強く掴む。
カイルに撫でられ、ヘルトにも撫でられ、それでもまだ私の恐怖心は拭いきれず。
「フィル、もっと強くしていいよ。」
投げかけられた言葉に、ハッと目が大きく開くのを自覚する。
「大丈夫。今は私にもあるから。」
悟った。
直後、私の腕は鎖を千切るかのように、押さえつけられていた衝動から解き放たれる。
「っ…」
自分の体なのに、意識があるのに、自由が利かない。
絞られた腕に、軋むヘルトの体の感触。
『ごめん、駄目だよ、ヘルト!』
お願いだから離れて、と頭では思っていてもこの体は思考を拒絶する。
「離れない。」
彼女が私の体から離れる素振りは微塵も無い。
『嫌、嫌だ!』
「カイルさんだって、私だって、貴女を離さない。」
自由の利かない体で、暴力を伴う拒絶と裏腹に、人を傷付けてしまう悲しさに涙が零れた。
『う…うぅ…』
「辛いならもっと気持ちを聞かせて?」
我慢できたのは大きな泣き声。
背中に回していた手から震えは止まり、自由を取り戻した手は背中から腰に、ずるずると崩れるように落ちた頭は、そのまま撫でられながら彼女の太腿に収まる。
「少し落ち着いた?」
どれだけの時間をそのままでいただろうか?
『…うん。』
何を話すでもなく、ヘルトは私の頭を撫で、なすが儘にベッドに横たわったまま。
そして、ぽつり、ぽつりと語る夢の話。
「もしそれが本当だとしても、同じ事にはさせません…ふふ、カイルさんになんて負けないですからね?」
絶望にしか感じなかった光景も、ヘルトの言葉を挟めば、また違って見えてくる。
いや、彼女の声と纏った空気がそうさせるのか?
「…何かスッキリしてるな?きのせいか?」
後に部屋に戻ってきたカイル。
何故か不満気なのは何でだろう?
「カイルさんには負けませんよ?」
得意気なヘルトの微笑みが、私の苦笑を誘う。
だが、あの光景が記憶から消え去ることは無い。
だから私は2人に頼んだ。
『もし私が、私のこの力が暴走するなら…それで誰かを、皆や、多くの人を傷付ける時が来たなら、お願い。私を…』
誰かを無碍に傷付けるくらいなら、そんな私は必要ない。
あの子供が言うような強い存在でなくてもいい。
敵…そんな人は居なくても世界はもっと優しく、平穏に生きていける。
開いた手のひらを、何度か握り直して、夢の中で朱く染まっていた手と、今の私の手を見比べる。
『まだ…私の手は、朱く染まるには早い。』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
交わされた約束、それが果たされない事を祈る。
次回もお楽しみに!