321話 注目の町
321話目投稿します。
引き締める会議の空気と裏腹に、悲しいくらいに手渡される紙の山。
「済まなかったね、ヘルト嬢。私の配慮が少し足りなかったようだ。」
会議が終わり、再び各々の役目が決まり、其々の準備に部屋を後にする最中、ノプスがヘルトに謝罪した理由。
両人からして予想外だった道具の効果は目的地を明確にする事には大きな結果を得たものの、同時に秘匿としていた事を衆人に晒すことにも繋がってしまった。
互いの責任の在処は当人たちにも悩ましいところで、誰にも原因があって、誰も悪くない、そんな不毛な空気が漂った。
「ヘルトさん、私からも謝らせて頂戴。」
ノプス同様に謝罪を買って出たのは皆の前でヘルトの立場と覚悟を明確にさせたレオネシアだった。
「いえ、奥様。ノプス所長も、謝る事など何もありません。」
軽く手を取り合い、励まし合い、無事を祈る。
尊い光景を目に焼き付け、私は踏み出す力に変えるんだ。
「お待ちしておりましたよフィル様。」
自室兼執務室に戻った私を待ち受けていたのはマリーとリアンの2人。
扉を開くやいなや満面の笑みを浮かべてリアンが声を掛けてきた。
その手にはホーコクショらしき紙の束。
マリーの手にもほぼ同量のモノが見られ『まぁそうよね…』と私は力なく項垂れる。
「私の方は今から整理しますので、ゆっくりで大丈夫ですよ?」
会議場から共に戻ったヘルトが私の背に投げかけるが、果たして「大丈夫」とは?
『私、今日寝れる?』
「「「どうでしょうね?」」」
少し腰を落として振り返り、一目散に逃げようとした私の考えは、とんでもない力で肩に添えられたヘルトの手で頓挫する事となる。
「さぁ、お茶もご用意しますので。」
『お、おぉう…』
時には諦めも肝心なのだな…と重い足取りで椅子に腰掛けた。
『別に嫌ってわけじゃないけどさぁ〜』
リアンが抱えていた書類束に終わりの兆しが見えた頃、時間は多分日付を跨いだ頃だろうか?
「こちらは後少しですから、頑張ってください?。終わったら何かご用意しますので。」
決して呆れるような素振りも見せず、淡々と渡される書類に目を通し判を押す。
単純に見える作業でも頭に入る情報量はとんでもない勢いで蓄積されていく。
報告書からの情報は書き手の性格や癖もそれなりにあるものだが、今回の出来事、西側の被災状況はやはり地震による直接の打撃以上に海に面する地域特有の二次災害が大きい。
しかし、住民たちは普段から海に触れ、共存を経て培った経験から対応もまた迅速。
旧領主の館は目の前に大海を一望できる立地だが、高台に建てられているのも相俟って、避難所としても大いに役立ったようだ。
いざこの町への参考とするなら、町の中心に近い場所に大きくて頑丈な建造物、且つ普段から有意義に利用できる施設を建てるといったところか?
在り来りではあるが、強固で大きい建物は町の目印、象徴、歳月を掛けて安息を安心を生み出す一種の装置のようなものかもしれない。
こと、ヴェスタリスでは旧領主の館がその役割を果たしているのだろう。
「幸いノルヴェスも大きな被害は出ていなかったのです。流石に海岸線の景色は酷いものでしたが村民に犠牲がなかったのが救いでしょう。」
中でも避難誘導やその後の対応に自称海賊衆が率先していたという。
確かあの連中はリアンの顔馴染という事だから嬉しい部分でもあるのだろう。
懐かしみが見える表情からも伺える。
『あの綺麗だった海岸、また見れるように頑張らないとね。』
日常を取り戻す事は当然生きていく上での必然。
けれど心が落ち着ける、そんな景色を取り戻す事も私たちにとっては大事。
それはきっと帰るべき場所を心に刻み込む為。生きていると感じる為。
「必ず取り戻します。」
私自身も手を惜しむつもりはない。そんな気持ちを込めて頷きを返した。
「私もヴィンストルに訪れた際にノルヴェスという漁村に立ち寄った事は憶えています。素朴ながらあの海岸は美しかった…」
マリーが胸元に抱えている書類は若干リアンのものに比べて少ない…ようにも見えるが…
『明日じゃ駄目?』
「いつぞやの夜、私の部屋に逃げ込んだのはもっと遅い時間でしたよ?」
『お、おぉぅ…』
ここに来てソレを出されるとは…。
今後は頼る人をもっと吟味しよう、と留めておく。
とはいえ…リアンにせよヘルトにせよ余り変わりはない気がしなくもない。
オスタングの町は私が思っていたより被害は軽微だったようだ。
山をくり抜くように栄えた町ともなれば、あれ程の大地震に直面し、落石などの被害、最悪町そのものが埋まってしまうのではないかとも考えていたのだが、私が思っていたより町の造りは強固だった、という事なのだろうか?
「町の防護壁の整備に少し時間を取られたのです。」
と語るマリー。
改めてオスタングの町についての詳細を知る事となったわけだが、どうやらオスタングの町にはエディノームと同じく結界が設けられているらしく、ただこの町の物のように敵意を阻むような代物ではなく、土地柄自然災害に対する防衛の為。
以前、暴走する火竜を鎮めるために訪れたわけだが、火竜そのものの侵攻が何とかできれば火山活動自体はそれ程脅威ではなかったという事でもある。
「それにオスタングはその熱を利用しての交易を生業としてますので。」
確かにヴェルンの工房はこの町でも、オスタングの町でも物凄く熱い炉を扱っている。
あれはベリズが身を賭した火口の熱にも届く程の火力だ。
ヴェルン以外にもかの町には多くの工房が並び、そう考えればその扱いもそれなりに弁えているという事だろう。
ともかく、結界の整備ともなると本来であれば削岩、土堀に優秀なジャイアントやコボルトの助けを借りて、という事だが、今ではその主要な者たちはエディノームに在住ともなれば時間が掛かってしまったのもやむ無しといつた具合だったそうだ。
とは言ってもヴェスタリス同様に足りない所はあるようで、各地から戻った面々はさらなる支援を求めている。
それに応えるのも、多くの人材と資源を糧に生み出されたこの町の役目でもある。
今回の災害に限らず、国内の様々な事象にエディノームが期待されているのは、国政に携わる者、商業、交易に携わる者だけじゃない日々を平穏に過ごす一般人ですら、この町の動向に興味を抱く、まさに注目を纏う町だ。
『あんまり期待されてもなぁ…』
その代表とされる私としては、そんな実感はまるで無い。
「じゃあ、せめて今日の仕事をささっと終わらせる事から始めないと、ですね。」
公の逃げ道がどんどん狭まっている気がしなくもない。
『お、おぉう…』
この苦悩の呻きは今日何度目になるだろうか?
「これで最後ですよ、フィル様。」
そう言って机に置かれたヘルト作成の書類は、悲しいほどに高く積み上げられた。
同じ室内、目と鼻の先に鎮座しているふかふかのベッドに飛び込めるのはまだまだ先なのだと、少々絶望の気持ちを抱いたのだった。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
今はただ何も考えずにゆっくりと眠りにつきたい。
次回もお楽しみに!