318話 所長の過去
318話目投稿します。
ノプスの口から語られる贖罪染みた昔話。
それは血を競った一族の不可思議な歴史。
「済まなかったな…あーだこうだと理由を付けてまで出向いてしまったよ。」
『いえ、むしろ話し合いがしやすくなったので迷惑なんてないですよ。』
人道的に救護活動を行うのは当たり前だとしても、その対象が争いの渦中、相手側の者となると個々による気持ちの在り方は様々だ。
私としては目の前の救える命に身分も、立場も、陣営も考えるつもりはない。
言葉を交わすことができるならどんな人とでも分かり合える可能性があるのだ、と私は信じたい。
「とても問い詰めたそうな顔をしているな?」
『そりゃそうでしょうよ。』
「私もそう思うだろうね。あまり楽しい話ではないよ?」
そうして語られる一人の技術者の歩みとその物語。
シャピル家。
その名はスナントでも古くからある一族の名だ。
だがそれは名家というわけでも裕福な貴族といった存在ではなかった。
ただ古くからある、シャピルの名を存続させるためだけの伝統は血統すら先祖との繋がりもすでに無く、養子縁組や名を継ぐためだけに迎え入れた跡取り候補、時代の中で当主の性格毎に色んな特徴を見せていた。
それに漏れずシャピルの家に迎えられたとある姉弟。
跡取りを作るための養子縁組というのはそれ程珍しくもないが、兄弟姉妹といった血の繋がった者を全て受け入れるというのはシャピル家所以のやり方という事だが、それまでの暮らしに比べれば貧しさを感じさせない程度の生活は孤独だった姉弟にとっては幸運そのもの。
姉弟は他の後継者候補も含めた家督争いの日々を過ごしたという。
『…シャピル家…そうまでして名を残す事にどれ程の価値があるのでしょう?』
「さてね。早いうちから家督争いを諦めた…いや、愚弟に任せたと言った方が正しいかな?、いずれにせよ私も弟も当時の後継者たちから一目置かれながらも異質だったのは覚えているよ。」
時にはその時の当主の血を引いた者が挙げられる事もあるが、不思議な事にシャピルの名に於いては親の血が絶対的な意味を為さないらしい。
「私たちの時も居たのさ、先代の血を引いた後継者たる存在がね。」
当然そういった者は家督を継ぐためにありとあらゆる手段、時には非人道的な事に及ぶなんてのもザラで、ノプスが早々に撤退を試みたのもそういった駆け引きが面倒臭くなったからなのだと言う。
「幸いにして私が家督争いに扱っていた内容もあって、君もよく知るスタットロード家や技術院に対する親交に恵まれてね。シャピル家に残る必要がなくなったのさ。」
弟、リグはそうではなかった。
それでも弟の実力であれば、他の後継者など比べるべくもない程の結果が残せるはずと、実弟と別れるのに思うところもあったが、結果、弟に先んじて姉のノプスは王都に入ることとなる。
そして、彼女は何にも縛られる事なくただ単に自らが望み、楽しめる暮らしを得た。
やがて積み重ねた実績は、彼女を機関の代表に押し上げ、今もなお彼女の好奇心を擽る生活はその路に影を射す事すら無く、今や良い意味でも、悪い意味でも、愛着、噂話、実績共々、王都での有名人。
その路を進む者にとっての憧れの名になった。
奇しくもシャピルの名を継ぐよりもっと大きな立場と実権を得る事となった。
「ある意味、アディスの暴挙は私にも原因があるかもしれないな。」
他の後継者との軋轢は少なからず彼に…
『もしかしてアディスというのは…』
「あぁ、アディスの名を名乗ったのかい?。それは弟の本当の名前だよ。」
名を隠すための偽名ではなく、彼の本当の名前。
知らなかったとは言え私はその名を認めず、寄りにも依って偽名の方を正しい者として対峙してしまった。
その名を無碍にしなかったなら、彼の口から苦難の思いを聞けたのだろうか?
「今となっては気にする事じゃあないさ。キミが背負う事じゃない。それを言ってしまったら私の方がもっと酷い事をしているさ。」
自虐的に笑うノプス。
離れてしまった事を後悔…しているのだろうか?。
普段は飄々としている姿からは予想もできず、また今の表情の真意も、私には分からなかった。
「シャピルの残り火には気を付けた方がいいかもしれないが、まぁ…アディス程厄介とは思えないけどね。」
リグ…アディス、そしてノプスとも競い合っていた他の後継者。
シャピルの名を持つ者が居なくなってしまったとなれば、名を残す事を何より重要視するシャピル家の、しかも先代の正式な血統を受け継ぐ者が黙っているとは思えない。
とはいえど、ノプスの言う通り、その実力は不明なものの、果たしてそれらはセルストに倣って王国に敵対する意思があるのかどうか…もしもそうであるならその狼煙がどこから現れるのか。
『残りの後継…つまり先代からのシャピルの血を継いだ人というのは…』
「うーん…済まないがそれについては現状は何もわからないんだ。」
アディスの存在がなければ、シャピル家は決して南部で有数の家名とはいえ表立って事を起こすような家柄ではない。
家督を継げなかった残り火は、ノプスの情報網には捉えられていない。
「…そもそも私はアレらと関わりたくないんでね。」
先程とは一転、これに関してはあっけらかんと笑う姿は普段通り。
『まぁ…まずセルスト卿を探すところが重要になるでしょうね。』
「それについては少し役に立てるかもしれないよ?」
そう言いながら、ノプスは胸元からある物を取り出した。
『これは…』
見覚えのあるランプのような装置。
その中、核とされる結晶は、蒼色の鉱石が揺れていた。
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技術屋が楽しそうに語るのはいつでもその創造物についての得意気な空気感だ。
次回もお楽しみに!