315話 劫火の腕に
315話目投稿します。
宿した力の顕現は否応なしに焼き尽くす焔となる。
ガリガリと腕を削る音が耳に響く。
肌に触れているのとはまた違う、例えるなら騎士が纏う手甲を撫でるような感触とでも言えばいいのか。
襲いかかる異形は狂気をその身に宿した男の成れの果て。
もはや人としての姿はそこに無く、結果として破綻した彼の生は果たして何れ程満ち足りた時間を過ごせたのだろうか?
黒く蠢く塊を無造作に掴み、千切り、手の平から発する劫火で焼き尽くす。
カイルが分断したのと同じ様に、塵芥となって確実にその質量を失う。
『聞こえているかな?、最期まで、貴方が消えるまで、付き合ってあげるよって。』
背中に伝わる心配そうな視線。
振り返ると身動きが取れない様子のヘルトとサティア。
大丈夫。
大丈夫だよ。
空いているもう一方の手を翳し、手の平を上に、そのまま頭上に上げる手に連動して2人や信者を包んだ結界が浮かぶ。
「フィル様!駄目です!!」
「フィル姉さま!!」
『皆をお願いね。すぐ戻るよ。』
2人に笑顔を投げて手を振る。
まだ何とか教会という建物の体を保っているこの空間から無数の球体が離れていく。
その行き先、2人が避難させた信者たちも含め、この場から少しでも引き離す。
危険に合わせたくない。
そんな気持ちと、少しの恐れ。
『私は…弱いな…』
自虐的な笑みを浮かべてから、元に振り向いた私を待ち受けていたかのように、巨大な獣の顎が私の体を咀嚼する。
「力…チカらを、よこセ!」
『そんな姿になってもまだ足りないの…?』
奪う事でしか己を高める事が出来なくなってしまった男の末路。
最早、力を求めた理由すら忘れてしまったのか。
男が触れてしまった力の片鱗。
ある意味に於いてはそこに辿り着いた事が元よりその身で培った才。
『…路を誤った。本当に残念だ。』
触れ方、辿り着くための通行料さえ間違わなければ、きっと私が欲しかった答えを示せる知識があったのかもしれない。
「ちカラを…!」
「チか、か、ラ…ち、ち、ち、」
「ーーーーー」
耳元に聞こえる理解できない言葉。
獣染みた口に捉えられた私の耳元で繰り返される意味不明な言語。
『…』
その牙が私の体に食い込むが、立処に焔の赤が吹き上がり、それでも勢いを緩めることもなく、ただ目の前の私の力を欲している。
こうまでも無意味に繰り返す行為は、まるで火に飛び込む虫のよう。
男の背中から生えた棘を虫の足と例えたのも強ち間違いではなかった。
何より、元リグであったこの異形は以前対峙したモノともどこか異なる。
あの時の存在も本能のままに牙を剥いてきたがまだ意志のようなモノが感じられた。
命に対しての圧倒的な憎悪。
しかし、今目の前にいる異形から感じるのは渇望。
他者の力を飲み干し喉を潤す。
憎悪というよりも未だその欲を満たすためだけの行為。
塊はすでに私の体を丸ごと呑み込み。
赤かった世界は黒く染められた。
似たような記憶が巡る。
ーーと共に…。
ず、ず、ず…
黒い膜から無数の手が伸び、私の四肢を捉える。
ギリギリと捻りを加えた力が私の手足を非ぬ方向へと捻りあげ、抵抗を阻む。
正面から感じる視線の先、浮き上がったその顔、何とかリグと見分けられる程度の形を作った表情だが、捉えた信者と同様に白い眼球と、溢れる黒い涙が悲壮感を漂わせる。
『苦しいのか?』
「…誰にも邪魔されない力が欲しかった。」
塊の中心にあった最期の意識。
「…あの御方のように強くありたかった。」
憧れを歪めたのは人の悪意か。
「…嗤った者共を見返す為に力を欲した。」
『結局貴方も…』
「満たされた暮らしに歓びを感じた。」
『強い気持ちほど、裏返りの反動も大きいって事かな…』
「奪う者は許さない。」
奥底て矛盾を抱き、根本の原因さえ見失い。
共に歩めなかった路は、喪失を憎悪に塗り替え撒き散らした。
ズブりと黒い棘が私の体を貫いた。
ああ…これもまた前に憶えがある。
チクリと胸を刺す小さな痛みは故郷で経験した事を思い出させる。
「一人しか居ない。」
イヴから聞いた。
寂しい気持ちを抱いた哀れなモノ。
『…一緒には居てやれない。』
体から迸る焔は刺した棘を伝って、みるみる内に燃え広がる。
そして、根本から消し炭となり、僅かに漂う風に流されるように静かに消えた。
消せない蛮行の元も、純粋な感情を見れば想いあってこそ。
それが他者との繋がりや時間、立場や多くの事象でこうも歪んでしまうモノなのか。
黒に閉ざされた世界の色から、灰となって消えた膜の向こう、赤から青へと変わる色は昂っていた感情を溶かすような静寂を私に与えた。
捻り上げられた四肢は何事も無かったかのように元の鞘へと収まり、確かめるように握り返す拳と、何度目かに開いた手の平に風に流された最期の灰がホロりと収まり、消えた。
教会の外に出た私を迎えたのはくしゃくしゃの表情で泣いていたサティアと、安堵と怒りを織り交ぜたような顔のヘルトだった。
ほぼ同時の体当たりを受け止めきれず共々倒れたまま、つい先程、劫火を放っていた己の手で恐る恐る2人の頭を撫でていた。
『…終わった…わけでもない、か。』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
男が残した傷痕は世にどんな影響を見せるのか?
次回もお楽しみに!