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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第九章 禁呪
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313話 赤に染まる世界

313話目投稿します。


魔力は練る、培う、生み出す。

外に求め、その身に宿す手段は、己の力と呼べるのか?

魔力を扱う者同士の戦いというのは端から見れば単純な物に見える。

実際は目に見えない流れ、魔力の動きや蓄積といった静かな攻防が行われているのだが、そういう意味では武器を取る戦いでも間合いや攻め気を伺うところにも似ているのかも知れない。


自分で認識している実力は恐らく謙遜を含めた過小評価がある。

身近な使い手で言えばまず頭に浮かぶのは母の姿で、一瞬で氷塊を現出させたり対象を氷漬けにしたりと故郷の自然の中で培われた強烈な属性力はそう簡単に覆せない程の力だと思っている。


母とはまた違った方向性を持つ使い手。

今は上役であるグリオスと共にオスタングに戻っているマリーは戦いにおける策に自分の得意分野である魔法陣を駆使して計算、予測の上、そこに誘い込む、嵌めるような戦法を得意としている。


また現在はその力を後人に継承させているエルフ族の前族長のルアは、自然発生の類、森羅万象の効果を増幅させるような扱いに長けていた。


例に挙げた其々に対して、私自身は自分が上だと言える点が見いだせない。

ただ、先達とはまた異なる戦い方が私にもある。

それは幸運な事に誰でも実力次第で真似できるような代物ではない、私だけが労せずに行使できる唯一の物であることだ。




「不可思議な魔法を使う…とは聞いていましたが、ふむ、確かに興味深い。」

私の周囲に漂う複数の刃を細い目で眺めながら、冷静さを取り繕うように、もしくは己の昂りを落ち着かせるように紡ぐ。

「是非、貴女を調べさせて欲しい。その体、私に差し出す気はありませんか?」

冷静な態度と感じていたのは間違いだ。

続いた言葉の裏には己の探究心を満足させる為の狂気を帯びている。

『調べる?、そんな事が出来るとでも?』

口角を吊り上げ、さも楽しそうに語る男。

「おやおや…ノザンリィに、そして学術研究所に立ち入っていたとは思えない台詞ですね。」


男の実力。

それは決して天賦の才といった物ではなく、努力と欲望を糧に培った確固たる知識。

事魔力に関してであればスナントだけでなく、王国全土でも折る指に含まれるはず。

その狂気さえ表に無ければだ。


「私はとある方面の魔法には詳しくてね…例えば…」

手近に腰を下ろしている信者に音もなく近付いたかと思えば、こちらが反応するより早く、そして恐ろしく、躊躇いもなく、その胸元に己の手を刺した。

『くっ…!、なんて事を!』

「おや…この者はそれなりに強い魔力を持っている様ですね…ふむ、そしてぇ?、成程成程。」

まるでその指先を以て、食べ物を咀嚼するかの様に弄び、何か、男にしか分からないような感覚を楽しんでいる。

時折、痙攣するように動く信者の体が痛々しく跳ねる。

『や、やめて!!』

懇願が受け入れられる事もなく、飛沫を上げて引き抜かれた男の手は圧倒的な狂気を纏った赤色に濡れる。

痙攣を繰り返していた信者の体は大きく跳ね上がったかと思えば糸が切れたようにその場に倒れた。

間合いなど考える事も忘れて駆け寄り無惨にも抉られた信者の胸元を見て口元を押さえた。

どんな治療も治癒術も効果が得られない程の傷口。

元より真っ白だったであろうその目から赤色の涙を流す程、半ば無意識でも苦悶に満ちた表情に、私の胸もまた抉られるような痛みが響く。


「人の身に、血に、命に宿る魔力の濤の何と甘美な事かっ!」


赤く染まった己の手を拭うように這わせた舌は、蛇を思わせる程。

しかし、行為そのものは何も狂気、歓喜だけの目的ではなく、ゴクリと喉を鳴らすと同じくして倒れた信者の体から目に見えないはずの魔力の塊がリグの胸元に吸い込まれた。

僅かではあるが、確かにその力は男の魔力を増やした様子。

『シャピル卿、貴方のその力は、貴方から生まれた、培ったモノと言えるの?』

大きく開かれたままの死に顔、その瞼に手を当てゆっくりと下に下ろす。

血の涙を拭ってはみたが、綺麗にしてあげる事は出来なかった。

小さく呼吸を一つ付き、私には理解できない快楽に浸っている男を睨みつける。

「お嬢さん、貴女が何を言いたいのか分からないが、この力は間違いなくこの身が喰らって来た力なのだが?」

『…』

「このようにな!!」

経壇に戻った男は再び大仰に両手を拡げる。

今度はその腕ではなくその背中から、実体のない腕のような…いや、昆虫の足を模したようなモノが生え、私に向かって襲いかかった。

『…っく!』

意識に呼応して顕現した防御壁によって留められたかに見えたのも一瞬、弾かれて向きを変えた無数の足、その鋭利な先端が経壇から程近い信者を襲う。

『なっ!?』

先の信者同様に、其々の胸元に刺さった不実の足は、刺さるや否や、その魔力を吸い上げる。

「おお…敬虔なる信徒よ…汝らの祈りは我等が神に届いたぞ。」

そして再び、犠牲者の体から吸い上げられた魔力が男の体に吸収されていく。

『…いい加減に!』

もう言葉を交わす意味は無い。

目の前のこの男の中にある価値観は、その根底に自らの欲望で塗り固められている。

何れ程の非道を行っても信仰の神の名の下と挿げ替えられ大凡信仰とは程遠い、己の欲を全てに於いて優先している。

「異端者が神に叛逆など行うが為に、新たな犠牲が生まれるのだ。」

己の欲から外れた者を異端と罵る。

再び私に向かって襲いかかる足。

今度は直撃だけを逸らし、結果鋭い足が私の腕や足、肩口、頬と、この身を抉るように繰り返される。


『…貴方は…駄目だ。』


ワナワナと震える体は痛みではない…いやある意味では痛みだ。

目の前で、数回に渡り、見知らぬ者、本来であれば敵対する者かもしれないが、命ある者、抵抗もできずなすがままに、ただ一人の傲慢を満たすためだけに犠牲になった者、それを守れなかった自分に対する不甲斐なさ、怒りでこの身が震えている。


「お、おお…!、何と甘い魔力か!!」


俯いていた顔を上げ、正面、男を見据える。


『もう…いいよ…オマエは…ーー!!』


目に映る世界は…朱く染まっていた。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


昂ぶりは視界を染め、世界は朱色に塗り替えられる。

放たれた獣に慈悲など無意味だ。


次回もお楽しみに!

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