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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第九章 禁呪
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312話 裁きを語る祖

312話目投稿します。


信者は常にその御心に賛同、願い、救いを求める弱い心の隙間に安寧を求める者。

まだ大きくは動けない。

予想はしていたものの、ここに集まった住人の数はかなり多い。

ヘルトとサティアが安全なところに彼らを避難させるまで、暴れることも出来ない。

かと言って相手がそうであるわけもない。

今はまだ「信者」と考えているうちは向こうも手出しはしないだろう。

むしろ、その手段を残していると考えるべきだ。


『一ついいかしら?』

「何かな、蒙昧な異端者よ。」

余裕ぶっているところに苛つきを覚える。

『貴方は何者なの?』

「これは失礼した。互いを知る為の最初の一歩を忘れていたようだね。」

少し乱れたローブの裾を整え、仰々しく両手を拡げてからの挨拶の行動を取る。

その様子だけ見れば、信仰の教祖というより王都の、王城の催しに見られるような貴族を彷彿とさせる。

「言葉を交わすのは初めてになるかな?、フィル=スタット嬢。」

『…流石に私の事は知っているようね。』

「我が名はアディス。アディス=ミルヴァ。我らが神アフラムドの御使いにしてムド教の司祭。もし貴女が悔み、その身を主に捧げる気があるのならば、先程の不敬は寛大な御心で許されるでしょう。」

あまりにも芝居掛かった所作。

フードを拭い見せた顔。

一概に信仰に身を置く者全てがそうではないと分かっていても、この男からは大凡、質素や慎ましさと言った印象は感じられない。

『…ふ、ふふ…』

堪らず笑いがこみ上げてくる。

「おや…主の寛大さに喜びを感じたのですか?」

『いいえ、違うわ。』

男の足元に転がったままだった私の刃が私の指先、天に向かって振り上げた手に倣うように、男の鼻っ面を掠めて舞い上がり、私の手元に戻る。

「ぐっ!、っ…」


『あまり笑わせないで。シャピル卿。』


王都の貴族に詳しくなかったのはもう既に昔と言っていい。

『さっき貴方は言ったわね。言葉を交わすのは初めて、と』

確かにそれは間違いじゃない。

会うのが初めてかどうかは別だ。

男の正体は教祖なんて新しい肩書きを隠れ蓑にした王国の旧貴族。

シャピル家の当主、リグ=シャピルその人だ。

確かに南部方面が出自てあることに間違いはないが、少なくともセルストが事を起こす前まで王都の上層部で優雅に暮らしていた家の主だ。


私の知る限りで言えば、この男とはどう頑張ったところで折合いなど付けられる気がしない。

貴族の身分を十二分に活用する、という意味では正しいと言えるのかも知れないが、それは他者、特に己より身分の低い者に対してその力を誇示してその尊厳までをも無碍に扱う事が許されるわけじゃない。

「…お、おのれ!」

掠めた刃で傷付けられた鼻元から僅かに赤い血が流れる。

一撃目に放った刃を防いだ防壁は絶対ではない。

油断していれば如何様にでも貫ける。


リグ=シャピル。

私が知る限りだと横柄な貴族という印象以外にも記憶に留めておく必要があった点。

それは南部の出自でありながら、多くに知れ渡る程の魔力の才だ。

この地を統治していたセルストも魔力に疎いわけではなかったはずだが、噂を鵜呑みにするなら、その魔力は南部随一、この一点だけ見ればセルストをも凌ぐと賞される所。




後方に意識を巡らせる。

避難状況は…まだ半分にも満たない。

本当ならもう少し無意味であったとしても言葉を交わして時間を稼ぎたかったところだが、その正体が分かってしまえばもうそれも難しいか…。


『今更その正体を隠しても仕方ないのはご存知でしょうけど、貴方の目的は何です?』

顔を押さえた指の隙間から、こちらを睨みつける視線が怪しく光っているようにも見えた。

「新参の小娘が…我物顔で私の邪魔を!」

正体が分かってしまえばそれなりに理由と目的にはいくつか思い当たる。

だが敢えて男に問う。

まだ時間稼ぎを諦めるには早い。


「貴様に分かるか?、恵まれていた暮らしから叩き落され、この不毛の地に戻る羽目となった者の気持ちが!」

『貴方にとってスナントは故郷ではないの?』

「ああそうだ。この恵まれぬ不毛な土地、幼い頃から忌々しくも苦労しかなかった日々の記憶。」


男は語る。

小さな頃から絶えぬ苦労と、王都から届く恵まれた土地の話。

羨ましさと憧れの天秤に揺られていたその心に射し込んだ一筋の光。

血の威光を持ちながらもそこに固執も誇示もせず、己の研鑽を重ねたその背中。

リグもまた、セルストの姿に憧れを抱き、自分も彼と同様に強くあろうとしていた。

だがそれはヴィンストルの者が抱いたようなモノとは違い、生まれ落ちた境遇に対する憤怒、憎悪、悔しさ、それが根底に渦巻いていた。

暗い感情だとしてもそれは男にとっての研鑽の糧として実を結ぶ事となる。

南部出身特有の体に恵まれなかった男は、逆にそこに固執せず、己の才を信じた。

後に手に入れる事となった身分を得るまで、この地での他者から受ける中傷や評価は、彼にとってより一層の強い情念を抱く糧にもなり、この地で随一と呼ばれるようになって初めて彼の願い、望む未来への路に光を射した。


「貴様だって不便な北の地で過ごしたのだろう?」


確かにノザンリィの地は裕福な土地ではない。

王都に比べれば住みやすさも、環境も、苦労を感じることの方が多い。

私だってリグの様に黒い情念に駆られた可能性は有ったのかも知れない。


改めて思う。

私は恵まれていた。

両親にも、町の人にも、土地柄、環境にも、だ。

『…貴方は寂しい人だな。』

その気持ちが分かるなんて烏滸がましい。

けれど…。


腰を落とし、ローブの男に向かって身構える。

『諦める気はある?』

「極めて順調だが?」

『そう。』


交差する視線は、その想いを重ねる事は決して無い。

ただ己の路を進むためだけに。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


現れたのは南の魔術師。

教会という隠れ蓑に包んだ己の願いは、ただ一人を満たすための道具でしかないのか?


次回もお楽しみに!

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