311話 異端者として
311話目投稿します。
異なる価値を異端と呼ぶならば、人其々が生きながらの異端者である。
一見堅く閉ざされているようにも見える重苦しく大きな扉は、印象とは裏腹に予想以上にすんなりと動く。
開いた隙間から中を覗き込む前にチラりと周辺の建物に目を向ける。
手入れの違いか、はたまたこの教会そのものが新し目の建物なのか、妙な綺麗さを感じてしまう。
『この建物、多分建てられて間もない。』
エディノームで散々建設現場を目にしていたお蔭か、思いもよらずそんな眼が培われていたようだ。
「…ホントだ。」
私と同様に周囲の建物に一回り視線を飛ばしサティアも納得の声を挙げる。
「確かに、内装は手入れでどうとでもなるでしょうけど外観はそうも行きませんね…」
今回の一連の発生場所として建てられたのであれば、スナントという町は最早セルストが治めていた過去の町とは別のモノ。
彼が戻ったところで以前の町と同じ光景を取り戻す事は困難だろう。
『2人とも…先に言っておくよ。』
中で目にする光景次第で多分私の次の行動は確定する。
たとえそれがこの地を故郷とする者たちにとって絶望を与える事になっても。
『少しでも町の人たちに危害があるなら…私はこの町を破壊する。』
それなりの重みを加えて伝えたつもりだ。
言葉が示す目標は、この教会やその中心に立つ者と言った単純な対象ではない。
セルストを発端とした王国からの叛逆によってその歴史から外れてまだ間もない町の一つ。
その存在そのものを滅ぼす。
後の世に悪名として記されたとしても、そんな事より王国の…いや、命ある人を蝕む存在を許すわけには行かない。
「フィル様、皆に憧れられる存在が必ずしも性善である必要は無いと、私は思っています。貴女様の路に寄り添える事、今では一番の生き甲斐だと。」
胸に手を当て思いの丈を返してくれたヘルト。
その言葉だけでも私は進んでいける。
そう思わせる言葉の強さがそこにあった。
「セルスト様は多分ここにはいらっしゃらない。この町もきっとあの御方が育んだものじゃない…フィル姉さま、一度滅んだとしても、その先にはいつも新しいモノがあるって、アタシは姉さまに教わりました。」
ヴィンストルだけじゃない、このスナントもいつの日か必ず元の町に、それ以上の繁栄を取り戻す事ができる。
サティアの目は、過去の楔に囚われる事も、その過去に溺れるようなことはない。
バタァァン!と大きな音と共に私たち3人は教会の中にその身を躍らせた。
冠する名の印象と違わず、扉の先に拡がる内部は沢山の長椅子が整然と並び、その奥、少し高く段差を付けられた経壇の向こうにこの教会が奉る御神体とされているであろう彫像がこちらにその目を向け、睨んでいるかのようにも見えてくる。
周囲の様子を探ろうと一瞬は考えたものの、衆人環視の中で出来る事なんてたかが知れている。
整然と並ぶ椅子には多くの人の姿が見て取れ、揚々にして祈りを捧げているのか、其々に頭を垂れ、静かな様子。
敬虔な信者が真面目に祈りを捧げているとすれば、私たちの足音すら気付く者は居ないだろう。
それ程に内部は静寂の領域を隅々に至るまで根を張り巡らしている。
「祈りの時間を妨げる不敬な客人よ。」
横行な声を上げたのは経壇の前にしゃがみ込んだ一人の男。
濃紺のローブに身を包み、ゆっくりと立ち上がるその姿、声から感じる年齢、恐らくは私の両親やセルストと然程変わらないくらいだろうか?
かなり大きい部類である身の丈も相俟って私の背筋をゾクりと掻き乱す。
両手を大きく広げる動作はまさに、あの夜の黒い塊そのものだ。
『…フフ、ある意味確定、か。』
表情は見えない。
が、フードに覆われた口元は大凡人間と思えない程に口角が上がっている。
「我らが神は尊大で寛容だ…不届者だとしてもその心を捧げればお赦しになられるぞ?」
『まるで詐欺師みたいな言い振りじゃない。』
腰元の獲物を探り、その枷を外す。
いつでも撃ち込める。
可笑しな動きをすれば躊躇などしない。
あの夜対峙した存在とは違い、はっきりとその体はこの目が捉えているのだから。
警戒しつつ少しずつ男に近付く私たち、男が発した言葉が聞こえているなら、少なからず私たちに反応する姿もあろうものだが、何故か、腰掛ける信者たちが動く気配がない。
その理由はサティアの悲鳴で明らかになる。
「…?…ひっ!」
驚きの余り尻餅を付いたサティアに、ヘルトが駆け寄りその身を庇うような形を取る。
「フィル…様…」
正面の男から視線を外さず、2人の位置まで下がる。
サティアが悲鳴を上げたのは通路沿いに腰掛けている信者を見たからで、ヘルトも少なからずの戸惑いを抱えている。
私も同様にしゃがみ込み、信者の様子を伺う…が…。
成る程。
確かにこの顔を見れば驚きもする。
祈りを挙げていたように見えていた信者たち。
その症状は、外を歩き回っていた者より酷い。
「生きては…いるようですが…」
手首に添えた手でその者の脈を調べたヘルトだが、言葉を詰まらせる。
信者の顔、苦悶でも、喜びでもない。
その目は真っ白で、誰が見ても明らかに異常。
「我らが信者に触れないでもらいたいものだな?」
変わらず壇上から横柄にも感じる言葉が響く。
私は躊躇しないと決めた。
視線を向けるより早く、左手を男に向かって振り被る。
教会内の薄暗い空間に一筋の光が走る。
が、
キィン!
と金属がぶつかるような音が耳を制する。
『…チッ』
簡単ではないとは思っていたけれど、堪らず舌打ちが漏れる。
私が放った刃の一閃は、男の目の前で透明な壁に阻まれた。
厄介なことに馴染みのある壁だ。
『2人共、座ってる人を出来るだけ安全な所に。』
生きているなら、まだ助かる見込みを失いたくはない。
後ろ手に頷く2人を確認し、同時に指の間に残りの刃から三本を構えた。
先の一本が力を失いその場に転がった。
「やはり異端者は不敬!、我が神の鉄槌を、お見せしよう!!」
横行な台詞と共に、天に向かって拡げた手。
ただの詐欺師の類では無い不気味な空気が男を取り巻き、今まさに私に向かってその鎌首を現した。
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飾られた経典を打ち砕くは新たな一歩を生み出すための破壊衝動。
次回もお楽しみに!




