310話 教会の地鳴り
310話目投稿します。
何が起こるのか、想定したところで結局はやる事は変わらないとしても…
ズ、ズ、ズ…
と恐らくは空耳。
しかし、物陰から覗き見るその建物を覆う空気が揺れているようなそんな気がして耳に聞こえるはずのない音が届いているような、そんな感覚だ。
「何か…寒気がします…」
身重の違いから私の下、身を屈めて私、ヘルトと同様に教会らしき建物を伺うサティアが言う。
戦士の町と称されたヴィンストルに暮らす住人はいずれも魔力そのものに疎い。
それはサティアも同様で、彼女自身にも魔力を探知するような能力はない。
それでも不気味な気配として肌に感じるモノはあるようだが、それはあくまで戦士として培われた気配を探るような類のモノだ。
私やヘルトが感じている感覚と当たらずも遠からずではあるが別系統の気配だろう。
「寒気…ですか…私には建物の中で何かが渦巻いているような気がしますね。」
私もヘルトに近い感覚を肌で捉えている。
いずれにせよ、この町の異様な雰囲気、その起点がこの教会から発せられているのは間違いなさそうだ。
あの建物の中で何かが行われている。
それは町の異質さを生み出し、住人たちの生気までも奪っている。
例えばこの後、私たちが乗り込んで、都合よくその原因が取り除けたとして、スナントは正常と言える様子に戻るのだろうか?
『2人とも、今から言う事を考えて意見を聞かせてほしい。』
身を潜めて互いに顔を見合わせ、2人が頷くのを確認して自分の考え、この後の行動が招く予想を伝える。
あくまで教会の内部で何らかの事象を止められるとする。
一つは、原因がここではない別の場所で行われていた場合。
建物の中に原因と思しきモノがなかった場合も同様に、恐らくは苦労して潜入を行った事自体が無意味に終わる結果となる。
よしんば侵入が発覚して首謀者、またはそれに連なる者と対峙する事となっても、何も起こらないよりはマシだ。
ここまでの意見は2人から返される表情も予想通りで、目的地が別の場所にすげ変わる方が厄介なのは各々考えたくない結果だ。
『中で行われている事を止められたとしたらどうだろう?』
「この町の…少なくとも異様な空気は解消される…かもしれません。」
「そうなったら町の人は元通り?になるのかな?」
サティアの言う通り、この町の現在の日常までは分からないが少なくとも道行く人が何かに取り憑かれたような様子は消えるのではないか?
「となれば脱出が困難になる可能性は上がりますね。」
どさくさに紛れて、と上手く行けばいいが少なからず兵士の目には付く。
私たちは無論だが、町の出入り口付近で身を潜めている皆が安全に脱出できるかどうかも危ぶまれる。
もしそうなれば、カザッカやムゲジの活躍を信じる他はない。
『いざとなれば先に脱出するように伝えてはいるけど、何とも言えないわ。』
それでも空気感から感じる気味の悪さ、妙に重みを含んで伸し掛かる様子からは解放されるだろう。
そうなれば必然的に作戦の半分、私が一番懸念している点に於いて、再発までの時間ぐらいは稼げるだろう。
この場合の最悪は、全員が町に捕らえられ、身動きも儘ならなくなる可能性だろう。
最悪、再び今のような状況が繰り返され、私たちも抵抗する事も出来ず終わってしまう事だ。
そんな状況になる前に私の全力を以てもそうはさせないが。
この3人なら私の力不足があったとしても切り抜けられる、そんな予感はなくはない
『まぁ、これについては相手を傷付けないように手加減する方が難しいかもね。』
一番考えたくない予想は、可能性としては低い。
この建物の内部で行われている事、その中心に自意識にせよ無意識にせよ、セルスト本人が関わっている事。
自意識であれば、目の前にヘルトが立つだろう。
彼女が今一番会いたい、声を聞きたい者と相対するのなら、私としては成行に任せる他はない。
もしそうなったのであれば、事の次第自体で今回の作戦、探し人、防ぐべき脅威の全てが成功になる可能性はあるものの、そうはなるまい。
『どの道突っ込む他はない…か。』
いずれにしても、気持ちの良い結果、その光景を思い浮かべる事は困難。
堪らず漏れたそんな言葉に、2人からも苦笑が返ってくる。
身を屈めて開かれた小さな会議を切り上げ、頷き合って立ち上がる。
改めて締まった気持ちを抱え、件の建物に向かって足を踏み出した。
何だかんだとここまでに掛かった時間を含め、辺りは薄暗く、長くなりそうな夜に向かってスナントの町、私たちの目的も不穏な静寂に突入する事となった。
やはり空耳であろう音は未だに止む様子はない。
ズ…ズ…ズ…
『…厄介事ばかりね。』
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次回もお楽しみに!