309話 異質な町で育む縁
309話目投稿します。
町を駆ける一行、その目に映るこの世とは思えぬ光景は自らの意識すら曖昧にさせる。
『ホントに笊みたい…』
堪らず呟く言葉が示す今の状況。
奴隷に扮してスナントに潜入した私たち一行。
取り敢えずといった成行で一纏めに投獄されたものの、警備兵がいるわけでもなく、捕獲者に扮したこちら側の者、ヘルトともう一人、以前の襲撃の折には相手側の雇われ傭兵として出会った男、今更だが名をムゲジと名乗るその者の手引で容易く脱出に至ることが出来た。
作戦としては十二分過ぎる早さと成果ではあるはずなのに、一概に喜べない理由はこの町、スナントの異様な雰囲気のせいだ。
私たちをスナント兵に引き渡した後、しばし町の探索を行っていた2人の目、土地勘の薄いヘルトに比べ、少なくとも先の襲撃前にここに訪れたムゲジの記憶からしてもかなりの違和感があるという。
間違いなくヴィンストルの襲撃からこっち、町の様子が豹変したのは誰の目にも明らかだ。
「念の為陽が落ちてから」と予定していたものの、人通りも疎らな今の時点でも大した違いは無さそうだ。
むしろこの異様さから考えると時間を掛ける方が危ない気もする。
『いや、このまま行こう。』
今時点ではまだ開かれていない牢屋の格子。
笊と感じた理由は、この鍵でさえ視界に見える場所に無造作に置かれている事だ。
所持品を調べられる事もなくの投獄ともなれば、私たちでなくとも脱走の成功に至る者は少なくないだろう。
頷くヘルトと「よっしゃ!」と威勢よく件の鍵束を手に取るムゲジ。
それでも慎重に警戒しつつ、差し込んだ鍵を回す。
ガチャン!と解錠音が鳴ってもやはり駆けつけるような兵士の姿は無い。
「いきやすぜ、着いてきてくだせぇ!」
息巻いて先導するムゲジに少々不安にもなるが直近のという意味では彼の土地勘が上位にくるのは間違いない。
聞いてはいたものの、実際に目にする異質は想像を超えていた。
私たち一行が人目に触れれば明らかに異様な光景として、即座、衛兵に取り囲まれてもおかしくはないはずが、そんな事にはならず、ゾロゾロと移動したところで誰も気に留める様子もない。
「こちらです。」
最初に潜った町の入口の門から程近い空き家。
短い時間の中で2人が見つけておいた隠れられそうな建物。
一先ずは戦力として数えるには足りない同行者たちの待機場所として確保出来たことはありがたい。
隠れる場所としては十分ではあるが、放ったらかしにするわけにもいかない。
『カザッカ、皆をお願い。少しでも危険と思ったら皆を連れて逃げるんだよ?』
「分かりました。皆さんもご無事で。」
兵士や通行人の様子からすればカザッカ一人が寄り添っていれば何とかなるはず。
『ムゲジ、貴方もここに残りなさい。多分もう案内はそれ程必要でもないわ。』
「へい、わかりやした!」
少し安心した様にも見えるのは、この先の深みはより一層危険が伴う事への勘が働いたのか、皆を誘導するなら彼のように先を走れる者と、後方を務める強者が居れば万全に近いだろう。
「確か教会みてぇな建物は南っかわにあったはず。近くまで行けば分かるはずでさぁ。」
『うん、分かった。アンタもあまり無茶するんじゃあないわよ?』
「へっへっ、身の程はとうに承知してまさぁ!」
下卑た印象の笑い声も、まぁ…見方が違えば愛嬌とでも言えるのか?
長い物には巻かれろ、なんて言葉もあるらしいが、男の性格からすれば生き方が上手いとでも言ったところだろうか。
「サティア、お前も無茶するんじゃないぞ?」
「兄さん、多分もう化粧とか落としていいと思うよ?」
心配する兄を余所に、飄々とした態度で返す妹。
「む…ぅ…」
きっと2人が大きく育てば、やり取りを見てるだけで楽しくなりそうな、そんな予感。
一行から別行動となった私たち3人。
先に少し町を探索したヘルトを先頭に、急ぎ足で駆け抜ける町の様子は時間を掛ける程に異様さが際立ち、本当に現実なのか自分たちの意識ははっきりしているのか?、夢でも見ているのでは?と錯覚する程の気分にもなってくる。
「お兄様…」
ボソりと呟くヘルトの言葉は、まだ見えぬ兄への心配だろうが、恐らくそれはまた別の話。
今の町の様子に関わる事ではないと思う。
「セルスト様ならきっとご無事ですよ。」
作戦に参加する上で知らされた彼女の出自、セルストとの関係に驚かなかった者は少なかったが、話をしたからこそヴィンストルの者たちの中にも実妹であるヘルト自身をも敬うような縁が出来たようにも思う。
きっとそう遠くない内にヴィンストルの者たちを纏める存在になるであろうヘルトの姿が目に浮かぶ。
そうなればいよいよにしてスナントとの関わり、その最前線に、矢面に彼女が立つ、そんな未来が来る。
もしかすれば皆に恨まれ、憎まれるかもしれないと、一時は不安に駆られる事はあったが、それもまた、辿り着くまでに築く関係次第なのだろうなと、今は思う。
僅かな会話の中で、ヘルトとサティアの間に感じる信頼関係のような物。
歳が近いというのもあるかもしれないが、この2人を見ていると、私が心配するような事は何も無い。そう思える。
「難しく考えすぎなんだよ、オマエはさ」
私にそう言った幼馴染みの顔が頭に浮かぶ。
『確かにそうかもね。』
企てるより、練り上げるより、触れて、聞いて、共に過ごす時間の方が大事なのだ、と。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
特殊な環境に放り込まれた者たちには、特有の一体感が生まれ、乗り越えた先には大きな喜びが待つ。
無事に辿り着ければ…ではあるが。
次回もお楽しみに!