308話 牢獄と奴隷
308話目投稿します。
無事かどうかは気分次第。
作戦は順調、それはあくまで目に見える範囲での話。
牢屋に押し込められたのは二度目だ
奴隷扱いも同様。
思い返せばあの時、本来なら喜ぶところではないが捕まった相手、引いてはその依頼をした者たち、もしくは組織に恵まれていた。
実質の代表だった男の先見の眼も相俟って、奴隷捕獲そのものが仕組まれた、計画された物だった。
『見えてたとして大雑把すぎるけど…』
懐かしむように呟く。
あの時に比べれば手足を拘束されるでもなく、強いてあげれば演技を含む暴力に晒されただけ。
勿論あの程度であれば立処に傷は治る。
一応、私たち一団が戦士の町出身と説明されたからか見える範囲でも比較的強固な造りの牢屋である事以外に特質するところも無さそうだ。
この後の理想は私に手を挙げた男が折を見て解放、脱獄の幇助に現れるという予定ではあるがこの分だと目立ちはしても脱出はそれ程困難ではない。
「フィル姉さま…大丈夫ですか?」
一団に紛れていたサティアが駆け寄り小声で問う。
『大丈夫だよ。あの程度なら』
むしろもう少しキツめに演じてくれたほうが事は早く終わったまで有り得る。
奴隷という存在の扱いは多分どんな場合に於いても大体同じなのか、そんな界隈に詳しくなりたくはないが二度目ともなると以前の経験や違いが多少なりとも頭に浮かぶ。
十把一絡げに詰め込まれた牢獄は、他に比べて強固に見えたとしても詰め込んだ者たちに警戒してかどうかも怪しい。
『あっちの2人も何か動いてると思うけど…どう思う?』
壁際の小さな通風口辺りを調べていた女性にしては大柄な身の丈にフードを被った者。
「流石にここを壊すのは難しそうですね。」
明らかに男性の声だが、いつ監視の兵が現れるかも分からない状況では被り物を取る訳にも行かない。
「ぷっ…」
その姿を見たサティアが軽く笑いを吹き出す。
まぁ…それも仕方ない。
大柄な女性の姿に扮したのは彼女の兄、カザッカその人で、化粧を施し何とか体を保ち、投獄されるまではバレずに済んでいたのだか、やはり奇抜な兄の姿は妹にとっての笑い話のネタでしかないようだ。
「騒ぐなよ…ったく…。」
苦虫を噛むような彼の心境もまぁ…分かる気がする。
まだ若く、顔立ちも整っているからこそ出来た事だ。
『一先ず、夜まで待ちましょう。皆も今の内に休んでおいてね。』
それまでは動く為の体力を温存に気を回す。
「やけに静かですね。」
スナントの門扉に到着したのは恐らく昼を過ぎて少し経った頃だ。
砂煙の中から町を目視したのが手早く済ませた昼食の後だから大体間違ってはいないはず。
そこから門兵とのやりとり、奴隷姿を演じた時間、投獄されるまでを考えてもそこまで時間は経っていない。
牢獄とは言え町の中のどこかであることに間違いないはずなのだが、外に繋がる通気口から聞こえる音も僅かだ。
まだ日暮れまで時間があるはずなのに、日常生活で考えれば市場などが賑わい始める時間帯だ。
『静か過ぎる…それに…』
聞き耳を立てる元となる通気口。
そこから僅かに覗く外の景色も、何というか既に日が落ちているのか?と錯覚してしまいそうなほどに暗い。
例えばこの牢獄の、この通気口が人目に触れない、人通りもないような場所に設けられているという可能性もあるが、そもそもにして警備兵すら常備していない、定期的に見回りをするでもないのはどう考えても普通じゃない。
ギギギ…
小さな通風口に皆の視線が集まる中、背後、この牢獄を有する建物の入口、その重苦しい扉が如何にも建付けの悪い音を立てて開いた。
一斉にみなの顔に緊張感が走る。
ギギギ…バタン
再び聞こえる音。
視線が入口側、牢屋の中からは見えない入口へと集まる。
そして…
ひょこっと頭を覗かせたのは…
「フィルのあねさん!、お待たせしやした!」
小声ではあるが妙に通りが良い男の声。
そしてその後ろにはもう一人の監視役として同行した…
「フィル様、皆様、ご無事でしたか?」
外套を払い、顔を見せたヘルトの姿だった。
牢屋の中の全員が胸を撫で下ろす。
『外の様子はどうなの?、見える範囲だけでも変な気がするんだけど…』
「どうもこうもおかしいですぜ?」
町の中に人が居ないわけではない。
男とヘルトの2人は、私たち奴隷として連れた者たちを引き渡した後でもあまり目立つ行動は出来そうにないという想定の元、町のいずこかに潜伏して夜を待つ予定だった。
土地勘も少ないところから、せめて夜まで町の地理を頭に入れようと男の案内で町を回っていたらしいのだが、まずそもそもにして行き交う人が少なすぎる点。
そして、数少ない住人とすれ違ったとしても、いずれもその表情は暗い…
「いえ、むしろ暗いという以上に覇気とでもいいますか、生気に欠けている様子なのです。」
一応は敵対している土地。
当然、外部から探れる情報は少ない。
ヴィンストルの一件以降は、こちらの人員の都合も相俟って隠密行動も取れなかった。
以前、キョウカイの手として侵入を試みたエル姐の話ではこんな町の状況は挙げられていない。
つまり、あの夜以降、スナントの町は不思議な、不穏な、不気味な状態と変わってしまった。
この町から出立して襲撃を掛けた一員であった男も知り得ていない事も考えれば時期的には間違いないだろう。
「町の様子に比べれば門兵やら一般兵は普通なんですよ。」
若干、大袈裟にも見える手振りを合わせて男が口を開く。
ヘルトも同意見だ、と頷くのを見れば彼女自身も目にしている。同意見だと。
『皆、くれぐれも慎重に…無事に、私たちの町に戻る事、いいね?』
小さな通気口から僅かに差し込む外光で見える牢獄の様子は緊張と動揺が混ざったような空気。
予想から外れたこの雰囲気に飲まれぬように気を引き締めるのだった。
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日常の暮らしが見えたならどれだけ楽だったか、状況は作戦の進行を困難にするばかり。
次回もお楽しみに!