307話 砂塵の奴隷たち
307話目投稿します。
力無き者たちの心を束ねた策は、始まりの時を得た。
「はぁ…はぁ…」
想像以上に砂地の行軍は堪える。
『大丈夫?』
体力に自信があるわけでない私でも辛い。
近くを歩く幼い子供に至ってはいつ倒れても不思議じゃない。
「…う、うん…もう少しで、交代、だから…」
それまでは頑張る、と腹に力を込める男の子に小さく笑みで返して、その手を取り視線を前へ、一面の砂地が広がる荒野に向ける。
元王国南方地域とされた土地。
主要とされる道はある程度人の手が入っているとは言え、土地柄、常に万全の状態とは言えないこの道は、王都から一直線、最短距離の街道と聞いてはいたが、果たして整備された道と言えるのかも怪しい。
この環境もスナントの強いと言われている軍部に繋がるのか、確かにこの土地で育った者は中央寄りに生きる者たちに比べて屈強な体を作れそうではある。
聞き齧りと書物から得ていた軍務に関する知識には日々の生活と環境こそがその礎になると言った事も記されていたな、と思い出した。
不毛な土地を只管南へ、スナントへ向けて進む私たち一団に用意されたのは先頭と最後尾を監視する者が駆る馬二頭と、幌の無い吹きっ晒しの荷馬車が一台。
監視者と荷馬車の御者を除く数は私を含む十数名。
その殆どは女子供。
全員が荷馬車に乗ることは出来ず、一応は各自の体力を考慮して荷台へと交代しながらの行軍。
人数分の足を用意しなかった理由は、捕縛された体を見せる為の策なのだが、見窄らしく疲弊させるためとはいえ、皆揚々にして辛そうなのは当然だろう。
私にしても力の温存という意味では余力はあるが、砂嵐にでも巻き込まれてしまえばそうも言えなくなるには違いない。
「…フィルさま、フィルさま!」
先頭を進む馬上から小声で話しかけられる。
その声色は男性としては高く、聞き取りやすいものの、あまり耳に馴染ませたくない類の物だ。
そもそもにしてこの男は本来であればとっくに命を落としていても可笑しくは無い。
ヴィンストルの町に襲撃をかけた実働部隊、つまり雇われの傭兵であった男は、あの夜、運が良いのか悪いのか、私の奇襲で傷を負って逃亡した二人組の片方だ。
聞けば相棒共々襲撃した町の住人に捕縛されながらも結果としてはそれが生き延びる形となり、避難民と共にエディノームにその身を置く事となったそうだ。
泡銭に釣られて半ば野盗と成り果てた彼らも人並みの恩義は感じるようで、曰く、改心したので是非お手伝いさせてくだせぇ!と志願したらしい。
今作戦に於いてはその経歴はそこそこに有効に働く可能性があり、恐らくは手を挙げる者が居なくてもヘルトの算段に含まれていただろう。
自ら志願したともなれば、全面的に信用するのは憚られても信頼を生み出す事は出来る。
改めて馬上の男に視線を向けると、向かう先を指し示している。
「見えて来ましたぜ?」
まだ遠く、薄っすらだが確かに砂煙に紛れて建造物…巻き上がる砂埃を堰き止めるための、あるいは敵対者から町を守るための外壁が見えた。
こちらから見えるまで近付いたという事は当然向こう側からも見られていると考えるべきで、振り返った視線に映る皆と目が合う。
女子供が殆どの中で一人一人と交わす視線で作戦の本格的な開始を示唆する。
『貴方もしっかり頼むわよ?』
「へい…ですが…」
『大丈夫。私のことはきにしないでいいから、本気で演じなさい。』
ゴクリと喉を鳴らす音が耳に聞こえる。
それ程に彼の行動はこの作戦においては最初の難関だ。
「止まれ!」
フラつく足取りを見せながら辿りついた外壁の一画。
そこに設けられた町に入るための門戸。
扉のような物はないが、頭上を見上げれば格子状の杭のようなものが見えた。
恐らく土地柄、門構えに扉を組めば積もる砂で動かなくなってしまうが故に牢屋のような杭柵を作ったのだろう。
有事の際には脇にある仕掛けを操作して杭柵を閉める、といったところか。
分厚い板扉、鉄製の物であれば破るのは困難だが、こういった杭柵であれば一部を砕けば女子供なら抜けられそうでもある。
「貴様ら何者か!?」
門番が圧力的な物言いで馬上の男を問いただす。
「俺はちょっと前に雇われた傭兵部隊の生き残りさ。」
馬を折り、さも疲れたような、面倒臭そうな様子を織り交ぜつつ門番に近付く。
「傭兵部隊…ふむ。確かに第四部隊の作戦で組み込まれていたか?」
「あぁ、ソレ、ソレだよ。いやぁヒデェ目にあったもんさ。」
端から見た感じは門番の警戒心を薄れさせるには十分そうに見える。
「正規の旦那方は戻ってんだろ?、俺と相方は逃げ惑ってた町の連中をとっ捕まえてここまで来たってわけさ。」
大袈裟にこちらに腕を振り、私たち一団が捕縛した連中だ、と説明を入れる。
中々にして演技が上手い…志願しただけの事はある。
程なくその一人を伴い、こちらへと歩み寄る男と門兵。
「女子供ばかりさ。奴隷にするならもってこいだろう?しかも出自はあの戦士の町なんだぜ?」
荷馬車から降ろされ一列に並ばされた私たちを順繰り舐めるように確認していく門兵。
そして、私の番…。
「中でも…コイツはっ!」
男がガシっと私の顎を掴む。
「上玉だろ?若いし顔もイイ。」
フフンと鼻を鳴らして顔を近付ける門兵に、私は唾を吐きつけた。
「女!貴様ぁ!!」
当然、門兵は激怒して、手に持つ槍を頭上に上げる。
「テメェ!この売女がっ!」
ドスっ!と、門兵の槍より早く、男の足が私の腹に沈む。
『ぐっ!』
堪らず転がる私に詰め寄り、男は襟首を掴み上げた。
「すまねぇ。旦那、教育が足りなかったようだ…調子に乗ってんじゃねぇぞ!このアマがっ!」
門兵を言葉で制し、再び私の体に足を重ねる。
『…っぐぅ』
男の教育という名の暴力を見て門兵も気が晴れたのか、激怒はすでに狂気じみた笑みに変わり、その口元は「ざまぁみろ」とでも言いたげだ。
手加減はいらないと事前に決めてあった。
ニヤニヤとほくそ笑む門兵から見つからないよう腕の下で、私の口元も少しだけ微笑む。
この作戦、失敗などしてやるものか。
他の者が心配そうに見守る中、男の教育が門兵に止められる時をただ只管に、歯を食いしばって待った。
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次回もお楽しみに!