306話 実妹としての覚悟
306話目投稿します。
策を弄したのは兄妹の片割れ。
その結果がどこに辿り着くのか、それは誰しもが望む結果に辿り着けるのか?
「アンタとも在ろう者が情けない状況だねぇ?」
急ぎヘルトが作ってくれた作戦概要の書類束を目の前のテーブルに放り投げ、老婆が半分嫌味を含む言葉を口にする。
『確かに媼の言いたい事も分かるけど、正直なところのんびり出来る時間は余り無いと思ってる。』
「卿の行方。嬢ちゃんの話も踏まえてみれば不思議なもんだ。」
それに加えてあの謎の魔法のような現象と、そこから生まれた黒い塊、憎念のような存在。
『セルスト卿の行方はヴィンストルの人にとって重要だろうけど、私にはこの作戦を強行する理由が別にあるのよ。』
「確かにね。仮にだが、空を赤く染めたっていうのを何らかの術式として、距離的な制限があるとすればこの町も安全とは言えないのは分かる。」
仮の予想を更に膨らませて考えれば、そんな制限すら予想と違えばスナントはソレを使って何処にでも同じ手段を行使できる事まで考えられる。
そうなればエディノームだけじゃない、この国にどれだけの被害を及ぼすのか、考えたくもない。
「よしんば原因が見つかったとしてどうするつもりだい?」
その言葉の意味。
この作戦中に、というわけではない。
手持ちの情報から推測された一連の出来事の首謀者は少なからず現スナントを統治している立場の者。
そうなれば、例え作戦中にその現場を発見したとして破壊工作を行ったところで、また修復、もしくは作成されて同じ事の繰り返しになる。
根本的な解決手段は、エディノーム側からスナントに対しての侵攻。
少なくとも関わる者に対しての処罰、場合によっては処刑も有り得る。
『…』
私の一存の範疇を超えるその線。
全ての事柄を世に拡めれば恐らくは多くの賛同、称賛が得られるかもしれない。
しかし、今この瞬間に行方不明であるセルストの存在が大きく関わってくる。
外部から見えない挿げ替えが起こっているスナントで、現状の統治、あるいは支配体制を覆す手段。
「まぁ…ワシが口出しするところでも無いでな。あまり時間は無くともじっくり考えておくと良い。」
その言葉を最後に、老婆は自分の住処へと戻った。
『ヘルト。』
「はい。」
『貴女は…どれくらいの覚悟でこの策に行き着いたの?』
立案したヘルトもヴィンストルでの出来事、大凡のあらましは伝えてある。
彼女が立てた作戦の結果、正直なところを言ってしまえば彼女とヴィンストルの住人が求める答えに辿り着く事は、多分無い。
「正直に申し上げますと、これは私の我儘でしかありません。」
彼女がその想いの丈を語るのは、私が知る限り、彼女がその身が朽ちるかもしれない、という危機に触れた時以来だ。
あの時、私は初めて彼女の出自、兄の存在を知った。
「兄に会いたい…こんなにも焦がれるなんて、私自身が一番驚いているのです。」
ヴィンストルの住人と触れ合い、彼らが語る兄の姿。
私たちの前に立った暴虐の限りにしか見えなかったセルスト。
信じる物は己だけだと、その行動の全てが
どんな形にせよ幼い妹と母に不幸が降りかからぬように端から見れば邪魔者を追いやるような兄の行動。
私には計り知れない血の繋がりがあるからこその理解が彼女の中にある。
『切っ掛けはすでに切り落とされてる。それをやったのは貴女のお兄さん。そして今、妹である貴女自身が矢面に出ようとしてる。』
「はい。今回は私も直接動く必要があると…分かっています。」
そして、その行く末の可能性を伝える必要がある。
『この先、私が予想できる…きっと貴女にとっては最悪の結末。それは…』
「私自身の手で兄の命を奪う…でしょう?」
あまりにも回り諄かっただろうか?
私の言葉を遮り、自らの口から発した言葉。
王都に対しての反逆の路を取った実兄に、焦れる程に再会を望む兄に、刃を向ける覚悟。
悲しげでも強い眼光。
それが分かっていて、それでも策を立てた。
場合によってはヘルト自身がヴィンストルの住人たちの憎悪の対象に成りかねない。
『私も精一杯頑張る。貴女に…ううん、セルスト卿も、ヴィンストルの皆も悲しい結果になんてさせたくない。』
俯き、小さな声で彼女は言う。
「…ありがとう…ございま…」
彼女のお礼は最後まで紡がれることはなく、押さえた口元をよりも、震える肩から彼女の気持ちが伝わってきた。
最高の結果は、この作戦でセルストの無事な姿を見ること。
残念ながら多分それは望めない。
私の見立てが違っていればそれに越した事はないが、セルストが行方をくらました原因はスナントから行われた事じゃない。
私が見た遺跡の記憶。
未知の仕掛けを使ってセルストをどこか別の場所に移動させた。
無論、それを行った者の存在がスナントに居る可能性はあるかも知れない。
でも…私の直感が告げている。
スナントで何かを企む存在は、遺跡の機構を使える者ではない。
もしそうならきっとあの効果を使う。
住人が集い、結界を盾としたあの瞬間。
一網打尽にするならあれ以上の機会はないだろう。
そして、セルスト自身にその力が無いとすれば…いや、行方不明になっている現状からすればその可能性はない。
『私以外にも…いや私以上に遺跡を識っている者がいる…』
私が辿るべき道の先にこそ、ヘルトや住人たちが探すセルストの姿がある。
そんな予感が私の胸に生まれていた。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
考えてみれば当然のようでもある、自分以外にも力を持つ者の存在を…
次回もお楽しみに!




