305話 相対する信念
305話目投稿します。
策の手段、それは誰しもが納得できる物ではない。
「成る程ね。だったら俺は実働組には入れそうに無いな。」
いつもなら真っ先に事の最前線に飛び込むようなカイルも、今回はそれも難しそうだ、と判断を下した。
『良い意味でも悪い意味でもアンタの馬鹿さが目立つからでしょ。』
はっはっは、と笑うカイルだが、嫌味を含めている事に気付いているのか果たして。
「カイル様には脱出の折に力をお貸し頂ければ。」
ヘルトの提案に親指を立てて答え、彼女は頷きで返す。
『問題は何れ程の時間の猶予があるか…』
頷き心配そうな表情で悩むヘルト。
「今回、作戦の根幹、侵入を成功させるためには非戦闘員が多く含まれます。時間が経つほどに危険度は増します。」
立案した立場で反対意見も当然で、その筆頭に立ったのは成り行き上ではあるが、町の子どもたちに恐れられているはずのマグゼだった。
あの老婆は普通にしていればただの厳しい老婆だが、そこに根付いている信念はまさに彼女の表の顔が語る姿そのものだ。
時に面倒だ、御免だなどと文句を言っても若い命を守るためなら苦労を惜しむ事は絶対に無いと言える。
裏の顔をも知っている私からすれば、その行動は全てに於いて今回反対意見を出した理由と同義。
何があろうとも幼い者の未来を守る事、それが彼女の生きる意味とも言える。
そして、その意志を継ぐとされる者の存在も私は知っている。
故に、今回の作戦では彼女たちキョウカイの助けを得るのは難しいと考えなければならない。
端からマグゼの意見はヴィンストルの子供たちはともかくとして、危険に晒してまで急ぐべき事ではない。
ましてやカザッカやサティア、ヴィンストルの住人や、その安否を誰より気に掛けるヘルトの気持ちは汲んでも所詮はつい先日まで王都に、この地に争いの火種を生み出した張本人なのだ、と。
私に対しては大切な人たちの命を奪った者なのだぞ、と正気の沙汰ではないとまで言われる始末。
確かに老婆の言う通り、精細さに欠ける策との意見は間違っていないし、運にも左右される点は否めない。
それでもあの夜の人知を超えた事象をこの身で直に体験した上で言えば、のんびりもしていられないというのが私が下した判断だ。
「アンタたちにもう一度聞くよ?。」
私やヘルト、そしてヴィンストルの大人たちの前に立つ老婆が、その身から想像できない程の圧を纏って口を開いた。
「女子供を危険な目に合わせたとしても、アンタたちが敬う者を…しかも直接助けるではなく、その情報を探るためだけに弄する価値は本当にあるのかい?」
事前知識もなく、この老婆の圧を受けるのは中々に骨が折れるだろうし、驚きもある。
それでも、相対するのは戦士の町とまで呼ばれた者たち。
驚きはしても気圧されている様子は少ない。
前に歩み出たのはヴィンストル現代表のスコルプだ。
「媼殿、我らとて幼い命を軽く扱うつもりは毛頭ないのです。」
それでも自分たちは己の儀に従ってその全てを捧げる主として、セルストを助ける事に町を挙げて全力を尽くす覚悟なのだ、と。
傍らに立つ少年、確かヴィンストルの町の子供たちの中で一番目立っていた子だ。
少年の頭に大きなその手を乗せて撫でる。
その子ですら、その目には強い光を宿し、マグゼに向けられる眼光は、その歳を踏まえても強すぎる信念を感じる。
割かし私の近くに立っていたカザッカがその眼光の理由を小声で教えてくれる。
「俺たちはそれこそ生まれた時からずっと、時の主について語られて育ちました。」
外部の者からすれば洗脳と言われかねない風習、文化は彼等にとっては主と決めた個に対し折れぬ剣として、町の総意として、育まれたヴィンストルの歴史。
子守唄代わりにもされる程の風習は戦士として育つ幼子も同様に。
それこそが、今、彼らが主と仰ぐセルストの性格も相俟ってより強固な信念として町の歩みを決める道標となっているのだ、と。
「小僧…アンタもそうなのかい?」
「オレだけじゃないぞ?、ここに居ないヤツらも一緒さ、ばっちゃん!」
だから責めないでほしい、と。
矢面に立とうとする少年を、スコルプが制する。
「我々は王都側にとって、油断ならない勢力である事はこちらも重々承知しています。それでも我が、我らの主を救う為に力をお貸し頂けませんか?」
しばしの間、マグゼはこの場に集まったヴィンストルの者たち一人ずつ、視線を交わした。
やがて大きく息を吐いて、肩を窄めた。
「嬢ちゃん、後でワシのところに来な。」
と、お叱りの予定を組んだ。
「アンタたちも悪かったね。大手を振って認める事はできぬが…ワシとて救える命があふならば、という気持ちは持っておるよ。」
それだけ残して老婆は部屋を後にした。
老婆が姿を消した後、部屋に残った全員が安堵の息を漏らしたのは言うまでもなく。
それでも私が驚いたのは、その後に私のところに来た少年の言葉だった。
「ばっちゃんとはまだ会ったばっかだけど、見た目より怖くないんだぜ?」
それについては私もよく知ってはいるが、私が驚いたのは、出会って間もない、しかも年端も行かない子供にも、すでに理解を得られている、信頼されているという事実だ。
子供たち其々に、大小はあれど最悪の恐怖に近い出会いだったにも関わらず、それでもこの少年の表情。
老婆はどんな魔法を使ったのか?、本気でその手段を聞いてみたい衝動に駆られるのは私でなくても思うところだろう。
『ホントに…魔女っていうのはあーいう人を指した言葉なのかもしれないね。』
誰に、というわけでもなく漏れた私の言葉を拾い上げたのはヘルトだった。
「不思議な方です…少しだけ、アイン様に近い物を感じますね。」
その感想は強ち的外れでもない。
少なくともあの老婆は、私より長く叔父と大きな縁を結んでいたのだから…。
『そうだね。尊敬に値する御婆ちゃんってところ…かな?』
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理由があれば手段が認められるわけではない。
決して遠くないはずの二つの信念は、また新たな譲れぬ形を育む糧だ。
次回もお楽しみに!