304話 余計な増え事
304話目投稿します。
叶えてあげたい事、その根は決して個別の意思だけではない。
翌朝、一泊で終了となった小旅行に少し不満毛なイヴ。曰く、もっと旅してみたい、と言う少女の気持ちは大事にしたい物の我儘の全てを聞いてしまっては後のためにもならない。
彼女を今回同行させたのは、オーレンと共に気晴らしを兼ねてという理由もあるが、あの黒い塊が現れたヴィンストルの町に訪れる事で何か気付く事でもあれば、という僅かな可能性を踏まえての事だったが、一晩過ごしても直接的にそんな様子はまったくなかった。
ただ一つだけ彼女の口から聞けたのは、町に残った憎念のような物が方角にして南東の方から感じられた、という事。
それにしてもただ、「あっちから変な感じがする。」と指を差され、野営の前に周囲を探索した上でのいまいちはっきりしない結果に終わる。
遺跡の調査も同様で、確かにあの最奥でセルストたちに拠る何某かの探索が行われたのは事実だが、行方不明の行き先を特定するまでには至っていない。
それもあってか、行きのカイルに代わって御者の席に腰掛ける彼の表情はどこか浮かない。
その妹であるサティアも、話を聞いたのか、雰囲気で察したのか、時折話しかけられて笑顔を浮かべるものの、兄同様に少し沈んでいるように見えた。
『2人とも、落ち込んでる暇なんてないわよ?』
慰めになるかは当人次第だが、いくつかの推測と事実を重ねて次に執る手段は、件の土地に直接乗り込む事。
この小旅行の前にヘルトを交えて練っていた新しい作戦。
それには今回同様に彼ら兄妹の助けは必要になるのは間違いない。
まぁそれに関してはこの兄妹だけでなく、ヴィンストルの住人、中でも取分け女性や子供らの助けが必要になるのだが…。
「兄さん、まだ希望はあるってアタシは思ってる。だから…」
「ああ。セルスト様のお姿をもう一度拝見するまで突き進むだけだ。」
視線を見据えて力強く呟くカザッカの背中を見つめ、カイルと視線を交わし頷き合う。
この兄妹、そしてヴィンストルの戦士たちが渇望するセルストの無事を、この手で必ず送り届けるのだ、と。
「しかし…スナントに侵入するにしても難しいと思うのですが…。」
『そこはね。適任者と協力者がいるから私の心配はないよ。』
訝しげなカザッカの気持ちは分かる。
今時点で彼が知り得る情報だけで言えば、スナントに入る時点で怪しまれずに通過できる存在はヴィンストルにもエディノームにも居ないはずだ、と。
『じゃあ逆に聞きましょう、貴方が私たちの町で出会うより前、セルストに妹が居るなんて話、聞いた事はあった?』
「む…」
ヘルト本人から私が聞いた昔の話。
前領主の頃からスナントの軍務に就き、親の威光以上の功績を挙げ、南部の英雄と言わしめた彼に関する情報は、父親の存在を知らしめる事が殆どで、実際は彼自身の細かい英雄譚も人並外れた功績と過度な英雄崇拝のお蔭で事実すら曖昧に語られる事が多かった。
彼女を含める家族と、それに実際に付き従っていた家中の者以外にその詳細を知る者は少ない。
また、調和を念頭に掲げていた前領主の時代に於いても、スナントという土地柄は個別の実力こそがその力、統べる力に作用するという純然たる文化があった。
事実、前領主の退陣はセルストの多大なる実力の台頭が理由であったように、一瞬でその席がすげ変わる事もこの地に暮らすものであれば常識の範疇。
それを端っから予想していた前領主、セルストとヘルトの父は、正妻と幼い娘を人里離れた土地で生活させていた。
その出自をも隠匿。
母とヘルトはそれこそ、領主などとは無縁の極々普通の生活をしていた。
セルストが南方の実権を握ってから、己と、秘匿していた家族との関わりが人目に付かぬよう、彼が取ったのは実母と実妹を王都に移住させる事だった。
そうして、本当に親しい者、信用に値する者だけに打ち明けるまでずっと、無縁に暮らしてきたのが今のヘルトだ。
そんな理由も相俟って、事実、彼女がセルスト本人と言葉を交わしたことは記憶を辿っても思い出せない程に少ない。
『セルスト卿の行方を探したい理由は、貴方たちヴィンストルの民のためだけじゃないのよ。』
彼ら家族が秘密にしてきた事。
その全てを私の口から洩らすことはできない。
それでも私の言葉は彼にとっては十分過ぎる動機として刻まれる事となる。
それに、私自身もまた、相容れないとまで言われた彼とこの先何度でも語らい合いたい。
その交差点に辿り着くまで、どんなに時間が掛かったとしても、だ。
「分かりました…っていうか、そもそも始めから貴女方を頼りにしていますよ。」
小さく微笑むその肩に抱きつくように話を割るサティアも、自分も同じだ、と。
「あぁ、でも…アタシたちがフィル姉さまを頼りにしたのは一つだけ理由があるんですよ?」
それはまた初耳となる情報に、自分の目が丸くなるような思いを胸に落とす。
「俺たちの尊敬する御方の口から出たのが…フィル様、貴女様の名前だったんですよ。」
『えっ…それって…』
交互に兄妹の顔に視線を向けると、
「ヴィンストルの誰しも、姉さまの名前を知っているんですよ。」
そう言ってサティアはクスりと笑った。
幾度かのやり取りで、相容れぬながらも別の路を進んでいた私は、この身に宿る力以上の興味を植え付けていた、という。
「あの御方の目はやはり間違っていないようですね。」
『また余計な評価が増えた…』
正直なところ、あまり認めたくないし、出来れば辞退したい。
似たような事は旅にでてから何度も味わってきたが、これ以上増えるのは御免だ。
ヤレヤレと肩を窄める私を余所に、馬車は一路、エディノームへと車軸を揺らした。
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短い親交の中で根付いている信頼感の正体は、尊敬する者の言葉があったからこそ
次回もお楽しみに!