301話 強い若者
301話目投稿します。
遺跡に遺された痕跡は、ここから先へ歩み、進むための鍵。
ピクりと、戻りかけた意識の中、肌に誰かの温度を捉えた。
この温かみは私にとっては一番分かりやすい。
頭悪いくせに妙なところで勘が良くて、見掛けによらず心配症なヤツ。
多分何とか理由をこじつけて一人、私の元に駆け付けたのだろう。
それに彼なら遺跡に触れた後の私がどうなるか、解ってる。
『戻るって言ったじゃない。』
「信用はしてるさ。」
『知ってる。』
嫌、というわけでもないけれど、こういう時を見計らうかのように、まるで養分を摂るように体を擦り寄せてくる性分も、彼らしくて好きなところではあるが、苦笑は止められない。
『皆は大丈夫だったかな?』
「上で待ってるさ。」
『そっか。』
結界の消失による脅威。
今回は周囲の誰にも被害が出る事もなく、事は終わったようだ。
『よっ』
まだ倦怠感の残る体を起こし、裾を払う。
僅かな時間でも衣服に絡まる砂埃は、この場所に長い歳月何人も踏み入れていないという事だろう。
仄暗い光の下でも足跡は私とカイルの物しか見受けられない。
「行けそうか?」
『うん、大丈夫…』
と改めて周囲を見回した時、ふと気付いた。
行方不明という形で身を隠してしまったセルストは、この遺跡に何を目的として訪れたのだろう?
根本の理由としてはあの湖底での出来事と、洞察力と記憶からヴィンストルの遺跡に近い物を感じた事だとは思うが、今見ても結界の内側、特にこの台座の周りには先日避難場所として利用されたにも関わらず二人分の足跡しか無い。
セルストとそのお連れの数名は調査とはいえ、実際は結界に阻まれて大した成果を挙げられていない、ということになる。
もしくは、結界外に何か別の仕掛けでもあるのだろうか?
『カイル、カザッカとサティアを呼んできて。あとイヴとオーレンをしばらくお願いね?』
出来るだけ現状を維持したまま観察していると入口の方、階段から降りてくる2人の気配。
あの夜一度はここに留まった経験があるとしても、普段は立ち入りを禁じられている故、内部の様子はそこまで詳しくはないようだ。
ゆっくりと踏みしめるように、探りながらこちらへ近付いてくる。
「フィル姉さま!」
薄暗い中で私の姿を見つけ、急ぎ足で駆けてくるサティアと、それに続くカザッカ。
「お待たせしました。フィル様。」
傍まで近付いてからも、やはり遺跡の内部は二人にとっても新鮮なようで、隠しようがない好奇心がその身を落ち着かせるには少し時間が必要そうではある。
とはいえ、そうも言ってられない。
『手間をかけるね。早速だけどいくつか聞きたいの。』
頷く二人、こちらも同様に頷き口を開く。
私も明確に覚えているわけじゃない。
兄妹にしても、あの時は私の指示に従っていたとはいえ、その気持ちが焦りや逸りを抱えていなかったとは言い切れないだろう。
台座の周辺を除けば、砂埃を踏みしめた足跡の数は多い。
『あの夜が明けた後、皆が外に出る時、この遺跡を調べた人は居た?』
危機から明けた日、遺跡から立ち去る前、結界の外側、もっと厳密に言えばセルストの痕跡を調べた者が居たかどうか。
もし居るとすれば、この地下の奥側には少なからずそれに見合った足跡があるはず。
「えっと…」
二人共、自分の記憶を辿るように目を閉じて腕を組む。
「…俺の覚えている限りで言えばそんなやつは居なかったはずですよ。」
先に答えたカザッカ。
サティアに視線を移しても、彼女も兄と同様。
「アタシもですけど、あの時は急いで外に出たい!って気持ちがあったから…」
町の住人にとって、この遺跡そのものが掟に依る禁足地の様な扱いだ。
気安く入れる場所ではない事から触れる事もまた心情としては憚られるのは分かる。
更に言えば、そんな中で念入りに興味を抱く者が居れば間違いなく人目につく。
よしんばそんな行動を取るとしても、他の者に不思議がられない、または記憶に残らないとすれば、代表であるスコルプやそれに親しい者数名に限られるだろう。
断言しきれないとは言え、二人の記憶ではそういった者たちは住人たちを扇動する立場にあったのだから可能性としては低い。
『そっか。うん、分かった。ありがと。』
二人の記憶に自分の推測を重ねた結論は、結界の外側で何等かの痕跡があるなら、それはセルストやその連れが遺したモノだという事。
「何かわかったんです?」
セルストの事について、という意味合いを含めてサティアが私に問いかける。
『うーん…分かった、とは言い切れないんだけど…。』
この空間に残るモノがセルストの行方を探る鍵になるのは間違いないとだけ伝える。
「手伝わせてください。力仕事はお任せを!」
セルストの事となるとヴィンストルの住人の反応は過熱しすぎな気もするが、それだけ慕われているという事だろう。
カザッカだけでなく、サティアも息巻いている様子がよくわかる。
『ありがと。でもサティアちゃんは一先ず上に戻ってもらうかな?』
野営の準備をするように、カイルたちにも伝える必要がある。
町に到着したのはまだ陽の高い時間ではあったが、この地下空洞では時間を計るのは難しく、念入りに調べるとなれば今日中にエディノームに戻るのは無理があるだろう。
幸い、荷馬車にはその為の準備は用意していた。
「分かりました!、ここは一旦お任せしますね!。準備が終わったら顔を出しますね。」
足取り軽く、入口に駆けていったサティアをカザッカと共に見送る。
「アイツも元気になってきて良かった。」
それ程歳も離れていない兄妹。
やはり妹の事は心配な兄は、少し深い息を吐きつつ呟く。
『あの夜の事、サティアちゃんから何か聞いた?』
今更ながらあの襲撃の夜は酷いものだった。
彼女に始めて会った時もそれは同じで、その光景は私の頭を沸騰させるに十分過ぎるモノだったのだ。
口には出さず、はっきりと頷きはしたが、カザッカは実際に起ったこと、サティアの身に降り掛かった不幸の全てを聞いたわけじゃない事を教えてくれた。
「あの日、ここに匿ってくれて過ごした夜、俺はアイツを、震える体を抱きしめてやる事しか出来なかった。」
吐き捨てるように自分を責める。
兄にしろ妹にしろ、普段は何事もなかったかのように振る舞っているが、決してそんな事はない。
『二人共、強いね。』
「…そんな事…」
決して過大ではない私の言葉は、兄妹の支えになれるだろうか?
少しでもこの先、この兄妹が幸せになれるように祈りたい。
せめて今は自分を責めすぎないよう、この兄の手を握ろう。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
ただでさえ謎多きこの地、その存在の答えを示すのはまた見ぬその行方か?
次回もお楽しみに!