298話 人種という謎
298話目投稿します。
遺された書物から得られたのは、今触れているソレよりもっと大きな謎の欠片
『イヴ、体調はどう?』
この町に到着した夜、私の部屋でカイルと共に会話していた中で倒れたイヴ。
実際には件の黒い塊の欠片に何等かの事を行ったのが原因だったのだが、ベッドに寝かせてから呼び寄せたヘルトの見立てでは単純な疲労のように見えるとの事で少し安堵を得たものの、少女については謎な部分も大きい為、一概に安心しきれない点は残る。
「あ、お姉ちゃんおかえりなさーい!」
そのまま一度はレオネシアとオーレンが滞在する宿で安静をとっていたイヴが顔を出した私に言葉以上の答えを見せる。
『あら、元気。』
訪れた私に飛びついてくる様子に、無理をしている気配もない。
思い返せば王城での一件ではその小さな腹部が弾けそうな程に膨張し、苦しげな様子だったがしばしの安息でみるみる内に回復していた。
あれと同様だったのか、それとも灰になって消えるはずだったためか、負担として少なかったのか、いずれにせよこの少女の謎は依然として謎のままだ。
もしも今回の一件が神代の物だと言うなら少女の謎を知る者もまたそういった存在なのだろうか?
「今更ながらあの子は不思議な子。」
ヘルトとオーレンにイヴを任せて、散歩がてらレオネシアと二人きりで町を歩く。
『出会ったのはキュリオシティでしたが、私も同じです。』
生前の叔父から、そしてキョウカイからの報告でもイヴに纏わる出来事、目撃談はレオネシアも聞いているはずで、少なからず叔父も生前に関わる情報を集めていたと私は考えている。
「多分今の貴女が聞きたいのはあの人、アインが調べていた事でしょう?」
『ええ。』
昨晩、自室で交わしたマグゼ、エル姐との会話の通り、基本的に王都では国教としての信仰は殆どなく、神と呼ばれる物、象徴すらその存在は薄い。
逆に東、コボルト族やジャイアントの伝承にある神、アインの調査では例えとして山の神といった形の物。
そして西の地では海事面の強さから海の神といった存在の信仰があるという。
「あの人はむしろ、そう言った存在する信仰よりも、王都に…いえ、むしろ純粋な人種にだけソレが無い、希薄な事が気になっていたようなの。」
レオネシアから発せられた言葉、叔父の琴線に留まったソレが、自分の中でも靄が掛かっていたような事に光を当てる事となった。
『確かに言われてみれば…』
「私自身も遺された書簡を見て、始めて不思議に感じたわ。」
スナントで信仰されている存在というのは確かに気掛かりであるものの、新たに浮き彫りになった事は、自分の中にも在るべき疑問だ。
藪蛇が出たとも言える新しい事実は少なからず私たち人種にとってはそもそも思考の片隅にすら留まらなかった事象。
イヴの謎に触れるより前に人としての姿に謎な部分が存在している。
『私たち自身も決して全てが解ってる事じゃない…か…。』
「分からない事が増えただけじゃないか。」
レオネシアとの散歩での会話は、確かに叔父の調査内容を聞くことは出来たものの、イヴに関する事ではなかった。
少々不満気なカイルの気持ちはまぁ分からなくはない。
『まぁどちらにしてもスナントに行かなきゃ駄目そうではあるかな?』
土着信仰とやらで行われた事象。
根本としては恐らく、コボルトやジャイアントの信仰…もしかすれば叔父が調べていた中にも記載があった海の神、それもまた同じ根源からなのかもしれない。
もしそうであれば…
『いや…あまりにも突拍子が過ぎるな…』
人に話すことも少し憚られそうなその内容は言葉にするのも、
「俺たちが言うところの神様って何なんだろうな?むしろアッチの方がはっきりしてる気がするんだけど?」
アッチ、というのは件の信仰の事だろうが…
『アンタねぇ…』
言い淀む事すらこの幼馴染みには無いのかも知れない。
でも、言葉にしてくれた事でスナントに足を向ける理由として一つ大きな形として明確さすら覚えるのもまた事実。
「で、どうやって行く…って言うか侵入するんだ?」
カイルの質問は当然の事で、私たちはどこから見ても純粋な人間種。
今のスナントでは間違いなく少数の人種であり、情勢からすれば町に入る事すら困難だ。
エル姐は、報告の形式上、教会の仕事とは言っていたが、間違いなく裏側の方法を使った…つまりは人目を盗んで侵入していたに違いない。
カイルはともかくとして、私にはそんな芸当はできそうにない。
できるとしても精々、人の目に入らない上空に留まる程度だろう。
流石に空の上から詳細な町の様子まで調べる事は不可能だ。
私たちより南部に詳しいヴィンストルの者たちに頼むとしても、彼らにとっても恐らくは今のスナントは敵地と言っても過言ではない。
彼らに頼むのもまた無謀。
『変装するにしてもね…。』
少なくとも私とカイルだけでは名案には辿り着けそうもない。
「此度は私も共に。」
そう言って冠っていたメイド帽子を取るヘルト。
その下から覗かせた角をコツコツと指先で突付く。
『あまり危険な目には合わせたくはないのだけど…』
予想していたであろう私の返答をも解さず、ヘルトは言う。
「主のお役に立つことこそが従者の役目。そして主の身をお護りするのもお役目なのですよ?」
『む…』
手段に事欠き、行き詰まっている私より、妙案がある様子。
「レオネシア様にはお叱りを受けそうですが…」と前置きを添えて、ヘルトは提案を述べたのだった。
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