297話 種の価値観
297話目投稿します。
魂よりも深いところに刻まれた、それぞれの価値観は心よりも体に根付いたモノだ。
コボルト族、ジャイアントらが暮らす一画はこの町に於いても不思議な光景に見える。
町の建設に伴い掘り返された土や石材を積み上げ、固めて更に内部を掘削して組み上げられた地上の建造物。
内部に入ると地下へと続く大きな階段が敷かれていて、石材加工を得意とするジャイアントの手に依って造られたであろうソレは大きな体格に似合わず極めて精巧な意匠で、物語に記されるような神殿といった建造物を彷彿とさせる。
外壁にあたる地上の建物はどちらかと言えば洞窟染みていて、こちらはコボルトの手に依る物だが、その乱雑さが先の階段との差にまた奇妙な感覚を覚えるところではある。
地下に足を踏み入れると先日の大地震など感じさせぬ程にしっかりとした造りだが、やはりこちらも一目瞭然に両族の生活空間の違いを見せてくれる。
こんな立派な地下空間を生み出せる腕を持っている種族だけに、あの地震で命を落とした者が悔やまれる。
「フィル…様…ようこそ。」
ズヌヌといった擬音が似合いそうな音を立てて私に声を掛けたのは、先日ヴェルンの工房で会ったジャイアントの男だ。
確か名をヨツンと言ったか?
『ヨツンさん…で合ってたかな?』
「はい。」
なんと言うか、彼らとの会話は独特の間があって、尚且つ以前顔を合わせた時より反応が薄い気もする。
「すいません…私たちは…陽の光で…時間の感覚が…大きく…変わるのです。」
不思議、と思うものの、それはあくまで私たち人種の普通であって、彼らにとってはそれか普通なのだ。
『大丈夫だけど…外に出たほうがいい?』
こちらの為を慮ってだとは思うが、頷く巨人を伴い一旦来た道を、階段を登る。
幸いな事に巨体の彼と、小型…と言っても人種からすれば一般的なのだが、私の歩く速さは然程違いはなく、待ち惚けを食う事もなかった。
「お手数をかけました。フィル様。」
『ううん、大丈夫。おかげで知らなかった事を知れたわ。』
教えてくれた通り、陽の光の下での彼らは会話からして地下の様子とはかなり異なる。
「我らジャイアントのこういった特性は種に刻まれた記憶と起源に依るものだと伝わっているのです。」
彼ら種族の伝承。
誰もが幼い頃から自らの親、または先達から教わる当たり前の知識。
太古の昔、神に叛逆した者たち。
それに寄って生み出された彼ら巨人族。
神話の戦いの後、神は彼らもまた被害者である、と与えた慈悲は、
光に叛く生を望むなら人と共存し得ぬ時の楔を。
光に揺蕩う生を望むならその手には路を切り拓く幾重の知恵を。
相反する太古からの呪いとも言える業を背負い、それでも今の時まで繁栄を続けた。
それが彼らジャイアントの選んだ路ではあるが良い意味でも悪い意味でも彼らは神と言った概念の様な物に対して中立を意味している。
自らの基盤である生活を育む場では祖を創造した叛逆の徒を尊び、自らの意義を摂るために陽の光の下での育みを計った。
『聞いてるだけでとんでもない尺だと思う。』
不便に思う事も、先程のような手間を掛けることも共に生きる者たちに与えたとしても、己の種が実直に守り続ける種族の習わし、言わば掟とも言える物なのだ、と。
しかし、その話を聞けたからこそ、マグゼが言った通り、その手の話に詳しい一面あると感じられる。
『で、聞きたかったのは、その神様?ってモノについて何か知ってれば教えて欲しいんだけど…』
「ふむ…とは言われても我らの祖が神の啓示というものを聞いたというのもお分かりの通り古の時代です。我らが知るのは伝承、言い伝えのような物しかありませんよ?」
神と言い伝わる存在は、伝承の中でも不透明な印象しかなく、逆に神に反旗を翻した叛逆の徒についてはコボルト族にも近い存在が有るという。
「フィル様、それについてでしたらワシの方からお話しましょう。」
建物から現れ、ヨツンとの会話に加わったのは確か、元々コボルト族が暮らしていた東の地に於いて地下空洞に居た者、彼らの中でも長老のような立場の者で、ノームを私たちに遣わせた本人だ。
ノームよりも年齢を重ね、白味混じる髭に見覚えがある。
『アナタは…お元気でしたか?』
「ホッホッホ、ワシの事も覚えていらっしゃったか。」
今までもこの町に居たのだろうが、顔を見せる機会もなく、長老に紹介されたコボルト、私が名付けの理に依ってノームと名付けた彼ももう居ない。
「ワシも挨拶に出向く事もできず、すまんかった。」
再会の機会に苦笑しつつも喜び、握手を交わした。
その後、長老から語られた伝承は、ジャイアント族とさして変わらぬ内容で、更にコボルト族に伝わる内容をも付け加えられる。
ジャイアントにせよ、コボルトにせよ、他にも多く存在している人種、エルフ族とも異なる亜人族と括られる種族の祖、それを生み出した者こそ神という存在に背いた叛逆の徒。
神に背いた、という聞いた者が抱く心情は大抵の場合は悪しきモノという印象が常に付いて回るのは当然で、恐らくは人種、私も同様に、安直に中立の位置を保てるかと言われれば難しい。
だが、叛逆の徒というのはあくまでも神側からの視点である事も事実。
種の祖を生み出し、この世界に亜人の命を芽生えさせた存在は、単純に見れば神の使徒とされる人種。この世界に満ちる大いなる自然から産み落とされたエルフ族に続く第三の創造主とも言える。
亜人族の中には、人が言うところの神、エルフ族が言う精霊、それと同様に崇められる存在なのだ、と。
もっとわかりやすく言ってしまえば、叛逆の徒こそが彼らにとっての唯一神。
決して悪逆の印象であるわけではない。
それこそ、その教えこそが、スナントで信仰される、エル姐が土着信仰と言ったモノ、教えに相違ないのだ。
『…そうか…漠然と考えていた事も、人としての思考に依るところ…』
だからこそ、ヴィンストルで体感した私やカイル、双子のエルフはその異常さに種の根っこに刻まれたモノから逸脱しすぎている上での恐怖を感じた。
もし、あの場に亜人の血を引く者が居れば、またそこから得られる対応の手段に辿り着けていたかもしれない。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
色濃く受け継がれた伝承は、ありとあらゆる形に姿を変えて蔓延した一つの意思でもある。
次回もお楽しみに!