296話 潤す褒美
296話目投稿します。
不可思議を明け、夜が似合う訪問者と交わす酒宴。
イヴと共に過ごした一晩を明けて翌日の夜、連夜となる私の部屋への来訪者。
私以外の者が2人。
その一方の手が掲げたグラスの中でカラン、と氷が揺れる。
「悪くねぇな、なぁ?」
多くが寝静まった夜。
もうありとあらゆる事に於いて、話し合いの場として使われる自室。
まぁ、執務室も兼ねているためそれも已む無しではあるが、今後は少し利用方法を考えていく必要があるかもしれない。
「そうさね。確かに悪かない…ま、王都の年代物には負けるがね。」
「物臭婆め。」
そう言う女性、エル姐ことエルメリートは、「けっ」と付け足してグラスを呷った。
『私からすれば2人とも物臭なんだけど…』
一般的な印象しかない私からすれば、教会という機関に所属している者、修道士、司祭といった心神深い人は、禁欲だらけの生活をしている物とばかり思っていた、少なくとも幼い時は…といってもそれすら故郷ノザンリィにエル姐が駐在おかげで、割りと早い段階で覆された印象ではあるのだが…。
「「んなわけあるか。」」
揃って一蹴されてしまった。
「そもそもワシら王国民には明確な信仰対象がないんじゃよ。」
改めて考える程ではないが、確かに崇める神の名前すら聞いたことが無い。
「神様なんてぇのは信仰にあったとして象徴的なもんで、実物があるわけでもねぇのさ。」
先の襲撃、大地震、戦争といった不安に駆られた時、心の支えになるモノ。
それこそが信仰の根幹であって、それは時に信仰対象となる神様のような存在であったり、優秀な指導者、もっと小さい枠で言えば尊敬する人などもそれに類する、と彼女は言う。
「まぁ、対象が特定の人物になった場合、その行動遺憾で負の感情を生み出す糧にもなるという事さね。」
付け加えるマグゼの言葉に、直近での出来事で腑に落ちる事に思い当たる。
『スナントで起こっている一連の事がまさにそうじゃない?』
ふむ。とマグゼが唸る。
報告は挙げているだろうが、それについては私よりエル姐の方が詳しいだろう。
「確かにな。あそこはセルスト卿の絶対的支配と統率力、その暴力的と言い切って間違いじゃない程の至上主義があればこその一枚岩だった。」
正直なところ、彼が変わったのは私との戦いに於いてである事は間違いない。
その想いに反発して起こっている今のスナントは、ある意味に於いては、セルストが王国から脱却した事以上に実質としての規模は小さくなってはいるが、事自体はそれよりも大きい。
「あそこは最早セルスト卿が納めていた頃のスナントとは別物じゃろうな。」
『セルスト卿とは別の指導者が居る、と?』
「他に説明できるかい?」
確かに。
現にセルスト卿の行方不明で侵攻が収まるどころか、不気味な気配は一層強まっている。
「少なくともセルスト卿が執っていた類のモノとは手段がまるで違う。」
戦争として、武人として、手段を選ばない点は彼にもあった。
それでも彼なら自国内で目障りな存在があったとしても自らの力で平伏させる手段を執る。
町ごと滅ぼすなんて手は打たないはずだ。
「アタシの見立てでは土着信仰。」
うむ。とマグゼも同意見と言ったところか。
「国教が無くとも地方信仰はある。ワシら国教はそれを咎める事もないしの。」
そう考えればある意味マグゼやエル姐が所属する教会という機関は万人に対しての支えを執るだけで、その意志まで捻じ曲げるような組織ではない。
あくまで表立ってではあるが、裏の顔にしても大雑把に言ってしまえば国益に負を生む存在、事象に対してのモノだ。
『確かにヴィンストルを襲ったのは単純な魔法とかそんな感じのモノじゃなかったな…』
あの夜、私とカイルが対峙した存在。
今までも何度か見てきて、今回はイヴにも確認してもらう必要が生まれる程。
単純に頭に浮かんだ物、それは呪いのような物だ。
セルストに対する領内…すでに国内と言った方がいいだろう、その負の感情を束ねて一つの形に成す。
そんなことが短い時間で行えるような物なのだろうか?
呪いなんて言葉は、私が持つ印象なら、もっと長い年月を欠けて練り上げ、対象を削ぎ落していくようなそんな感じだったのだが…。
「呪いねぇ?…」
この中で一番その言葉が似合いそうな老婆が呟く。
『…』
「何か言いたそうだねぇ?」
『いえ、なにも?』
「フン、まぁいいさ。まぁ、そういう事ならワシらにも適任が居ないわけではないさ。」
招集には少し時間が掛かりそうだが、と前置きを挟むがまた新たなキョウカイの面子を招致するのだろう。
「土着信仰についてその価値観を学ぶというならば、お前さんには適任の種族と親交があるじゃろう?」
『?…種族…エルフ族ですか?』
種族、そして自然から来るモノと考えるなら、思い浮かんだのはエルフ族。
確かに、大樹を主とした独特の価値観を持っている彼らなら、その辺りの思考、信仰についても教わる事があるかもしれない。
「まぁ、それもそうじゃが、この町にもおるじゃろう?」
『あ…コボルト族…』
うむ。と頷き、更に付け加えられたのは、
「ジャイアントと呼ばれる連中も近いモノを持っておるはずじゃぞ。」
コボルトはまさに、土に囲まれ、土を掘り、土と共に生きてきた種族。
ジャイアントは、石や鉱石、それを多く含む山などの自然に寄り添って生きてきた種族だ。
マグゼの言う通り、彼らの話を聞くのもいい勉強になるかもしれない。
『ジャイアントを招くにはこの部屋は流石に狭いな…』
真面目に言ったつもりだったのだが、老婆と物臭に笑われてしまう。
「確かにな!」
まぁ、そろそろ真面目に来客用の部屋なり、施設を作る必要はありそうだ。
クイッと、注がれたお酒を呷ったが、やはりこの味を楽しむには私はまだ若いようだ。
『まぁ、不味いわけじゃないんだけどね。』
喉に感じる仄かな熱と、少し揺れる視界の中、また忙しくなりそうな現状に少しだけ億劫な気持ちが湧いてくる。
目の前の2人もまた、こんな想いを抱えているからこそ、せめてものご褒美だ、と酒を楽しむのだろうか?
感想、要望、質問なんでも感謝します!
町を造る礎となった種は不気味な気配を探る鍵となりうるか?
次回もお楽しみに!