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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第九章 禁呪
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295話 儚い恐怖

295話目投稿します。


親しい者にこの町を見てもらいたかったのも招いた理由ではある、が…。

中央広場から少し南側。

私の自室兼執務室が設けられた建物。

報せを受けて外に出てきた私の視界の先、以前使っていた豪奢な物より随分と落ち着いた様子の馬車、それでも頑丈そうだし乗り心地も荷馬車などとは比べるべくもないだろうが。

操る御者の姿も見覚えがある。

王都に暮らしていた頃は私自身も随分とお世話になった人だ。

連結された後ろの一台は従者と荷物が積まれているのだろう。

日常的に町に訪れる荷馬車とは打って変わったその装用に、町の子供も興味津々でその後を追いかける様子も見て取れる。


『叔母様、オーレンとイヴも、遠路遥々お疲れ様でした。』

馬車から姿を現したのは叔母のレオネシア、その息子のオーレン、そして再会の興奮を止められず私に抱きついたイヴだ。

「おねぇちゃん!!」

『イヴ!、元気にしてた?疲れてない?』

しゃがんで頭を撫でると、嬉しそうな笑顔が返ってきた。




「地震は大丈夫だった?」

来客は誰であれいつも通りの部屋に案内され、今回は私も応接テーブルに添えられた長椅子に腰を落としている。

余程嬉しいのか、回されたイヴの腕は締付けは無いものの、腰巻きのベルトのように私を拘束して、養分を補給するかの如く顔を擦り寄せている。

『ええ、何とか。王都も大変だったのでは?』

少女の頭に添えた手を時折動かしながら叔母に返す。

彼女らが暮らす上層には殆ど被害が無かったのはカイルからも聞いている。

「下層はね。此度の出発前に通りかかった様を見てる限りは何とか元の暮らしに戻り始めたといったところかしら。」

お茶を口に含み「美味し」と小さく呟いて、後ろに控えているヘルトに視線を送る。

肩越しにヘルトが会釈で返した返礼で叔母が僅かに頷く。

「いいご友人ね。」

短い言葉に驚いたヘルトが堪らずに口を開いた。

「覚えて頂けたのですか?光栄です、レオネシア様。」

「フィル姉さまのご友人を忘れたりしませんよ、ヘルトさん。それに母上は可愛いモノ好きなのです。」

割って入ったのは息子のオーレンだ。

自分も母同様だ、と彼女に伝える。


「先にはマグゼ媼もこちらに来ていると聞いたわ。ここにも教会を?」

耳が早い。流石はあの叔父の伴侶と言った所か?、まぁ叔母もキョウカイの存在は知っているのもありそちらの情報は無論知っているはずだ。

逆にこの問いかけは裏側の意味をも含んでいる。

『先日、南方、ヴィンストルからの避難民を受け入れたんです。そしてこの町も地震と先の戦で親を失った子供たちも多く、媼には孤児院を纏める役をお願いしようかと。』

ポンっと手を合わせ合点が行った様子の叔母、更に足される質問。

「ジョンとアイナが随分と疲れていた様子だったわ…と言っても感じ取れる者は少ないでしょうけど。」

両親の疲弊はセルストと相対して、侵攻軍としての力を削ぎ落としてくれたのが原因だ。

『あの2人が居なければ私はこの場に居なかったかもしれません…』

「フィル姉さまでもそれ程に…?」

頷き返し、更にはオーレンが喜びそうな救援。

『あとカイルもね。ギリギリのところで駆けつけてくれたのよ。』

思えばあのカイルの一撃こそ、私の両親を唸らせたモノだったのかも知れない。

母はともかく、父はあれがあったからこそ自分の大切な斧を貸し与えたのだと。

「そうですよ!カイルさん!お戻りになられたのですよね!」

一気にオーレンの興奮が上がるのが言葉尻だけでなく、表情からも伺える。


「ふふ、オーレンは本当にカイルが好きね?」

「はいっ!」

尊敬すべき御方です!と目を輝かせる姿は普段の歳に似合わず落ち着いた雰囲気とは真逆。

心の全てを支配するほどの興奮と好気。

『はは…』

尊敬しているというのは解ってはいたがこれ程までにとは…。

少なからず師として接したカイルが一時的とは言え戻らぬ存在だったのも理由なのだろうか?

「早くまた手合わせと指導をお願いしたいのです!」

興奮相まって鼻息も荒い。

「オーレンはカイル兄ちゃんの事になるとまわりがみえなくなるんだよ?」

少し拗ねたようにイヴが愚痴を溢す。

『あら、困ったモノね?』

ハッと我に返るオーレンが「スミマセン…」と謝るのを見て、私たちは笑った。




結局話の最中にカイルが戻る事はできず、師弟の再会はまた翌日に、という事となり、叔母とオーレンは今日の宿となる施設に向かう事となった。

イヴは折角なのでと私の自室で一緒に一晩を過ごす運びとなりそれはそれで人の目に触れないという意味では都合が良い。


遅い時間に自室を訪れたカイル。

「あー、疲れた。」と当たり前のように部屋に入ってきたカイルにブーツを投げつけたのは以前にもあったような気がする。

「ひでぇ…」と涙目のカイルに『ノックぐらいしなさいよ!』とキツく言い放つ私たちのやり取りに、

「何か懐かしいね!」と嬉しそうなイヴ。

思い返せばあれは初めて王都に向かっていた時の話だ。

イヴが言うように、懐かしく感じるのは私もカイルも同様だった。


『カイル、アレは?』

頷き懐から取り出した薄紫の塊。

イヴに差し出して様子を伺う。

「これは?」

この物質はとある存在、私たちを襲ったモノの一部である事。

それがイヴと共に目にしたモノに近しい気配を感じた事。

それを伝え、何か分かることがないか?と正直に伝えた。


「…苦しそう。」


最初の一言がソレだった。

後付ではあるが、苦しそうと感じたのは薄紫の膜で閉じられているからではないらしい。

『この存在が抱えている感情?』

「…うん。辛い、苦しい、悲しいって泣いてるみたい…」

そして、助けを求めるような、何かに縋りたい。

そんな感情を持っている、と。

「でも、もうここには居ないんだね…。」

塊が持つ感情より強く、イヴが悲しそうな表情になる。

「お兄ちゃん、この紫のけせるの?」

イヴの質問に頷き、続いて私にも視線を向ける。

少女が解放を示唆するなら、きっとその方が良い。

そんな予感がした。


カイルが紫の檻を解き、僅かに残った塊の欠片にイヴの指先が触れる。


あの夜のように解放された塊は灰になって消えると、私も、カイルも思っていた。


そんな私たちの目の前で起こった出来事は、恐ろしくも幻想的で、ある意味に於いては美しくも儚い光景だった。


「辛かったんだね。」

少女が触れた塊は予想に反して消えるどころか、こんな小さな欠片になる前の姿を取り戻す。

割かし広めの部屋ではあるが、姿を取り戻した黒い塊の背丈には手狭にすら感じる程に。

『くっ!?』

流石の私たちも一気に振り切った警戒度から互いに腰元に手を添える。

それに気付いてか、イヴは優しく口を開いた。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん、お兄ちゃん。」

そう言って、少女は黒い塊を小さな体で抱き締めた。

「アナタも大丈夫。」


少女の体が一瞬眩く光り、一度瞬きをした次の視界に、その姿は無かった。


『なっ!…?』

「消え…た?」


トスっと私たちの視界の中で、体の力が抜け落ちるように少女が倒れた。


『イヴ!!』


感想、要望、質問なんでも感謝します!


不思議な一夜から一転して、現実味のある現状を整理する夜。


次回もお楽しみに!

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