290話 空を飛ぶ少女の気持ち
290話目投稿します。
状況は最悪とまでは言わない、この町にはまだ無邪気な笑顔が溢れているのだから。
「わわっ!」
手を引かれるままに言葉通り体を持って行かれたサティアが慌て声を洩らす。
雲一つ無い青空は先日ヴィンストルを襲った赤い空とは真逆で、高く浮かび上がった視界は遠くまで澄み渡るように晴やかだ。
体が浮かび地に足がつかない状況は少し怖いようでしがみつく様に震える少女は目をきつく閉じている。
『サティアちゃん、目を開けて?』
「う、う…」
ゆっくりと開かれる瞼、その目に最初に飛び込んだ景色は自分の足と、遥か下方の地面。
「ひっ!、た、高いです!あ、足ついてないー!」
しがみつく手に一層込められた力は、私の腕に悲鳴を上げさせる程の強さで、流石の私も少し顔を歪める事となるが、
『大丈夫。しっかり支えてるから、ほら、もっと顔をあげて?』
踏ん切りが付かないのは分かるし、いきなり足も付かない上空に連れてこられたのだ、恐怖としては十二分過ぎる。
それでも首元を抜ける風に慌て騒ぐ口を止められ、一転して、それでもゆっくりと顔を上げる。
『今日は天気もいいからね。』
「あ、あれって…」
北の空、細かい町の様子は見えなくても目立つ姿。
『うん、そう。あれが王都、浮かんでるのは王城だよ。』
「凄い…凄い綺麗…」
ヴィンストルの空気、文化のような物に直接触れたわけではないが、聞いている限りだと大昔のエルフ族同様に外部との繋がりは薄かった。
それ故、今のこの状況も含めて目に映るもの全てが新鮮に見えているはずだ。
彼女の、人の、町の役に立ちたい、それは子供たちも然り、と気を張るのは分かるしそれはそれとして嬉しくも思う。
『でも、それだけじゃ息が詰まるよ。』
「向こうに見えるおっきい水溜り、あれはもしかして海ってやつですか?」
空に浮かぶ王城から視線を西側に向けて指差すソレは予想通りの海、王都からの海路で私も旅をした広い海だ。
『そうだよ。西の海沿いはヴェスタリスっていう町。すっごい賑やかで、歩くだけでドキドキしたなぁ…』
最早、地に足がつかない恐怖など何処かに捨てたかの様な表情。
頬は興奮の赤色に染まり、その目には好奇心の光が灯る。
「フィル…姉さまでも…ですか?」
『ははは、私だって旅に出るまでは故郷から出た事なんてなかったんだよ?…それでもね。』
王都を、東に聳える山々を、西に揺蕩う海を順番に眺めて、
『色んな人に会って、見て、聞いて…時には怪我も、恥も、泣くことだってあった。』
この高さより更に上、季節としては涼しい時期とはいえ、遮蔽物もなく、普段より少し近い陽の光は熱く、眩しい。
手をかざして、指の隙間から光を受けて。
『いつだって私の世界を広げてくれたのは誰かのために何か出来る事を探してた気持ち。サティアちゃんの今の気持ちは私とよく似てたから良く分かるよ。そしてきっとこの先沢山の可能性があるんだと言える。私がそうだったから。』
だから、と一息置いて
『この景色を見た時の気持ち、忘れないでほしい、かな?』
彼女の手はもうしがみつく様に腕に絡める事から離れ、今は手を繋いでいるだけだ。
彼女の視線に合わせて空中での向きを変える。
方角は南へと移るが、今はあの日の赤い空とは無縁な青空だけれど、ここより高い気温のせいか、陽炎に揺らめいている。
『きっとこの先、南に行かなきゃダメだと思う。その時はサティアちゃんの力も借りる事になるかもしれない。』
「アタシが…ですか?」
その年令からすれば、出来れば楽しく過ごして欲しいと思うものの、叩き落とされた少女を取り巻く環境は、間違いなく私に比べたら劣悪なモノで、そんな少女を見ていると良く分かる。
多分この子と私は似ている部分がある。
短いながらも出会ってから知った性格、考え方、今交わしている会話の端々からも明白に。
前置きを挟んだが、南部に対する知識は町の文化を踏まえた上でも私たちより豊富だろう。
そんな少女の力を借りざるを得ない状況はきっと来てしまう。
『予想出来ない事も多く起こる。せめてそれまでは、ね?』
だからせめて今は、のんびり無邪気に、気楽でいて欲しい。
「ふふ…飴と鞭。」
『そうかも。』と、私も笑った。
改めて地上に降りて、西の区画へと共に向かう。
途中、建物の影からこちらの様子をこっそり伺う先程の子供たちの姿。
「アンタたち、大人しく出てきたら今回は許したげる。」
隠れているつもりだったのだろうが、当然私やサティアには通用するべくもない。
「遊ぶのはいいとして、仲良くしないのはダメなので。」
先程のやり取りで子供たちに対しての見方を改めながらも、説教する理由の引出はまだあるようだ。
若干言い訳がましく聞こえるものの、苦笑しながら頷く。
『程々にね。』
恐る恐るというよりも渋々といった感じで姿を見せた子供たちに言い聞かせるサティア。
子供たちからすれば少女もまた目上のお姉さんという事なのだろう。
「返事は!?」
「は、はいっ!」
というやり取りは少々疑問に残りはするが、ここは私が出しゃばるところではなさそうだ。
それに、この光景は私にも覚えがある。
まぁ私の場合は、サティアの役が母だったりエル姐だったりしたわけだが…。
拳骨が飛んでこないだけあの子供らはマシだろう。多分。
記憶に残る頭痛は多分気の所為だろうが、それを思い出して私の心も安らぎを感じる。
痛い記憶が懐かしい、というのもまた不思議な物だ。
そうして思い出した目の前の光景の代役。
エル姐はすでに王都に到着しているだろう。
母はどうだろうか?
父と共にノザンリィに着いてはいるだろうが、王都以外の町の被害状況は未だに不明なのだ。
そろそろこの町の復興だけでなく、別の町の情報も集めるべきか…。
エル姐が戻ればまたこの町、正確には私とカイルは動かざるを得ない。
『となると、またエル姐の愚痴を聞くことになってしまうかな…?』
自分に押し付けられる多忙さにエル姐が先手を打てる余力があれば、マグゼ婆に支援を要求するとは思うが。
『婆に頼み事するの、嫌そうだしなぁ…』
私の立場でしっかりと段取りをつけてもらえば良かったな…。
空から眺めた遠い其々の地。
この町から其々の大事な場所へと向かった皆が、その町の人々が、無事でありますように。
目の前の子供たちのように笑っていられますように、と願った。
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戦士の町からの避難民は一旦の安らぎを得て、交わす長との会話はこの町にとっては貴重な物となる。
次回もお楽しみに!