288話 刃と筆の合間
288話目投稿します。
町を捨てるわけではない。
彼らがいずれ戻るために今はかの地に集え。
『じゃあこれでお願いします。』
執務机で新たに追加となった住居区画の案を承認する書類を一通り確認し終わり
『ふぅ…』と一息。
作業通達の足となる前にヘルトから出されたお茶が美味い。
窓から差し込む陽の光が睡眠の足りていない瞼に少々堪えるが、例えるなら嵐が過ぎ去った翌日のように穏やかさも感じられて胸が落ち着く。
ヴィンストルを襲った一連の騒動から明けた日、町の半分以上の家屋を失った現状では日常生活に戻る事も難しく、代表であるスコルプと話し合った結果、一時的にエディノームに残った住人全てを連れて腰を下ろす事になったのだが、百人規模の移動ともなるとそれなりに時間が必要で、強行軍で町に辿り着いたのが翌日の夜遅く。
第四部隊に相対した際、囲まれた馬車ではあったが、エル姐の細かい行動が功を奏して手綱を外してあった馬は無事。
黒い塊の襲来にも馬車本体に影響はなく移動の中で貴重な足となった。
彼女にはエディノームに状況を知らせに走ってもらい、更にそこから王都に向かって貰うようにお願いしたのだが「人使い荒いなぁ」と愚痴を溢しながらも聞き入れてくれた。
「戻ったら一本いいやつな?」
と捨て台詞を吐かれたが、今のエディノームに彼女の目鏡に叶う酒はあっただろうか?と苦笑した。
その伝令はしっかりと伝わっていたようで、到着した住人たちは仮設の天幕に収容される形で一時的な寝床を得る運びとなった。
そして更に一夜明けたのが今日。
カイルと共に塊を相手にしての戦闘後、遺跡に避難していた住人の確認、そこからの強行軍。
馬車で仮眠はとったものの、眠気が完全に消えるわけもなく、到着したらしたで私の仕事が終わるわけでもなく、それでも目処が立ったのがつい先程の話だ。
『とりあえず眠い…』
今の内、誰かが飛び込んでくる前に少しでも休もうと、兼自室のベッドに体を預けた。
「お疲れさん。」
静かに入室してきた気配を感じたが特に警戒するでもない相手。
寝室にこっそり訪れるのも、気安く触れるのも多分褒められた事ではないだろう。
レオネシアやマリー居れば怒られそうだ、私が。
まぁ…鍵をかけてない私にも問題があるだろうし咎める事でも、相手でもない。
そんな事より今は少しでも目を閉じていたい。
『ん…』
瞼に注ぐ陽の光を腕で遮り吐息を洩らす。
もう随分と長く使っているような気もするこの部屋は執務室を兼ねているとはいえ、一人で使うには結構な広さがあり、雑に見積もっても故郷の自室の三倍はある。
部屋の出入口が設けられた部屋の一辺を除く残りの三辺はその反対側に廊下のような物が有るわけでもなく建物の外壁だ。
そして其々簡素ではあるが窓が設けられていて入口側、つまりは南側を除く町の三方向を眺められる造りになっている。
その部屋の造りから陽の光によって一日の時間は室内に引き籠っていても解る。
ベッドに光が届くのはもう日暮れが近くなった証拠だ。
ん?日暮れ?…
『げっ!』
ガバっと慌てて身を起こす。
改めて窓の外に視線を向けたものの、過ぎた時間を戻すのは流石に無理がある。
自虐も込めた大きな溜息を付く。
まぁ、緊急の要件が無い限りは誰に咎められる事もないのは確かだけれど、今、この町の代表である私が呑気に眠りこけるというのは如何なものか。
「あんまり無茶すんじゃねぇよ。」
ハッとなって部屋の反対側に目を向けると、執務机の前、応接用に設えられているテーブルと対面長椅子。
その一方、背凭れの影から体を起こしたカイルの姿が見えた。
のそりと立ち上がって、欠伸と共に頭を搔きながら、こちらへと歩み寄る。
咄嗟に掴んだ掛け布で口元までを覆う。
いやまぁ、別に裸なわけではないのだが…何というか、完全に意識が飛んでいた状態を見られていた事に少々…恥ずかしいと思ってしまった。
『いつからいたのよ?』
ベッドに飛び込んで間もなく、カイルが部屋に来たのは察してはいたが…流石にずっと居るなんて思わないじゃない。
暇なら避難住人の住居建設でも手伝ってくればいいのに…。
「ま、それも良かったんだが、ヘルトさんに止められたんでな。」
何でもこの状況下だから、私の護衛は厳重にしておきたい、との事だ。
確かに複数名の護衛をつけるより、カイル一人で事足りるなら、と言うのは解るが…。
『むー…』
「まぁ、俺もお前もしっかり休めってのもあると思うぜ?、俺からすりゃヘルトさんも無茶しない方がいいと思うんだけどな。」
確かに彼女自身もカイルと同様に治癒して間もなく、まだ完治とは言えないはずだ。
「杖ついてた。」とカイルが付け加えた。
更には、若い兵士が付き添ってたとも聞けて一先ずは安心する。
ギリアムも其れなりに彼女の兄が残した言葉を守っているようだ。
「んで、これ。どうする?」
懐から取り出した薄紫色の欠片。
ヴィンストルを言葉通りの廃墟にせしめたモノの成れの果てではあるが、未だにその状態を保てているところは有り難い。
『一先ずはアンタが持ってていいよ。』
エル姐に王都に向かってもらう様に頼んだ事、その理由、そしてこの先の事。
ヘルトを始めとする町の皆の気遣いで得られた休息は、私とカイルにとって随分と貴重な時間だ。
この先、私の、私たちの、そしてこの町の状況がどう、どの様に転がるのか?
バフッと少し大袈裟にベッドに体を倒した。
『ふぅ…』
まだ日暮れには時間が残っている。
それを報せる陽の光を腕で遮り、再び目を閉じる。
『ゆっくり出来ても、気は収まらないな…』
「もう少し休んでろよ、夜には顔を出すって言ってた…それまで見ててやるから。」
『むしろ見るな、バカ…。』
撫でられた手を掴み、頬にあてがう。
抵抗もなく添えられた手の温もりを感じつつ、また少しの眠りについた。
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謎を究明するにはそれなりの下準備が必要。
念入りに行うためには休息もまた必要だ。
次回もお楽しみに!