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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第八章 消える星空
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283話 伸びる影

283話目投稿します。


避難として打ち出した策は愚策。

響いた叫び声は状況を覆すための手段を見いだせるか?

暗闇に包まれ傍らに立っているはずの者の気配も薄れていく中で頭に響いた叫び声。

『逃げて!』と叫んだ声の正体は私の中で一時の安寧に着いた古い聖女。

私の頭の中に己の記憶の断片を映し警鐘を鳴らすその感情が形となって視界に浮かび上がった。


『リリーさん!』

「こんな形でこの光景を見る事になるなんて…」

再びの邂逅を喜べるような状況でないのが悔やまれる。

この器に宿した個に触れる手段があるならば、彼女だけでなく多くの知恵を得る事も容易いだろうに。

『やっぱりあれはリリーさんの記憶だったんですね?』

「…ええ、あの時私が押し留め、溢れてしまった奔流、今貴女たちに迫るのは恐らく同種。」

人の個の範疇を越えた負の感情。

巻き込み、集い、肥大化したソレは黒い塊となって命に吸い寄せられる。

喰らった器が己の質量を満たすまで、延々と彷徨い、求め、蠢き地を這う。

その音が先程聞こえたように感じた闇の胎動だ。


「私の前に現れたアレは周囲の人たちにも連鎖して膨れ上がってしまった。」

『目の前で生まれた恐怖の感情が更に肥大させる?』

「そう。」

一度顕現すれば圧倒的な勢いと、僅かな時間で膨れ上がる衝動を抑えるのは困難だ。

「一人の笑顔が周囲に拡がるのと同じように、負の感情もまた同じ…恐怖は連鎖する。」

リリーとのやり取りで気付いてしまった。

この遺跡、その結界なら皆を護る壁となってくれるだろうと。


この籠城こそ、私の失策となってしまった。


芽生えた恐怖が更なる発生となるなら避難住人が集まるこの場所こそが火薬庫みたいな物だ。

今まで色んな危機を成り行きでも偶然でも何とかやり過ごしてきた。

でも今回は逃げ場もなければ策もない。

結界があったとしても中の者が恐怖を感じてその感情が溢れた途端に結界の中は闇に染まるだろう。


戦士の町の住人の芯の強さはサティアのような少女でも誇らしく思える物だ。

それでも、羨望の指導者の行方不明、突然の自国からの襲撃、救援は来たものの避難を勧告される不安、挙句の果て目の前に現れた明らかな危機、魔力の素養に欠けた者ですら目に見えるソレに恐怖を抱かずに振る舞える者がどれ程居るというのか?


「貴女は今までも多くの困難を乗り越えて来たのでしょう?」

実体がないはずのリリーの手が私の手に触れる。

「私の力とは違うとしても、貴女はラウルが惹かれた力を持っている。」

そして出会ってから私の中にその魂の欠片を遺した彼女は朧げながらもこの道筋を見せて貰っていたのだという。

「彼がもう一緒に居ないのも知っているわ。それでもきっと…ラウルもどこかで貴女を見守っているはず。」

ああ、そうだ…きっとリリーは力が無くても聖女になっただろう。

優しい言葉と、その意志の強さ。

儚い存在となった今でもそれは変わらず、その言葉の中には包み込む優しさと、芯の強さが確かに在る。

「貴女ならきっと大丈夫。力は絶対じゃない、貴女ならわかる筈…」

あくまでもこれは、この光景は私の内面での出来事だ。

現実の時間にすれば一秒にも満たない刹那の一瞬。

その一瞬に彼女と話ができた。


それこそが何よりの支え。

今回の危機を乗り越えるための鍵だ。

『息付く暇もない…ホントに…』

渦中に飛び込むなんて言葉があるが、私には良く似合う物だと自虐すら感じて、それに応えるかのように口角は強く引き締められるどころか、緩く開き上向きに上がった。


「おい、何なんだありゃ?!」

『あれは…あれこそがこの世の成れの果て、世界を喰らう者、深淵の縁に立つ案内人、体よく言い換えれば死神みたいなモノよ。』

いつも飄々としているエル姐でさえ、その額に汗を浮かべている。

恐らくはイヴに関係する影の存在も知ってはいるだろう。

それでも実際に目の当たりにする事も、その渦に触れる程の相対は無かったのだ。

「アタシでも分かる。ありゃ相当ヤバい!」

身構えるエル姐、少し後ろの双子も同様に。

エル姐より魔力の扱いに長けている分、その身を通して感じる危険度は彼女より大きいだろう。

リザは明らかな恐怖を、ロカは表情こそ強気に見えるが、肩の震えはそれと同じ類いのモノだろう。


これ以上、あの塊に近付かせるわけには行かない。


『皆、少しの間待っててね?』


そうして私は壁に向かって足を踏み出す。


「お、おい!!」


背中でエル姐の叫び声を受け止めながら、一人、外に出た。

共に歩める人は居ない。

この結界を通れる者は私しか居ないのだから。

『散々苦労させられたんだ、少しは役立ってよね。』

壁の外から触れ、結界に一つの効果を付け足す。

『少しの間、休んでいて。』

せめて安らかに。

エディノームの魔法陣に付与した物、それに近い想いを乗せた。


結界壁面に残る赤い跡は一瞬で溶け込み、気持ち濃くなった壁の色は、内部の光景も視界から薄れさせてくれた。

『やればできる、か。』

さて、と声には出さず気持ちを背後に戻す。

ゆっくりと振り向き、遺跡の入口へと注意を向けた。

『あまり騒がしくしないでね?』

誰に…何に対して口を開いたのか?


出来るだけ距離を稼ぐために、私は足音さえも立てないように、静かに足を進める。

暗闇の中、僅かに薄い光を取り戻した結界が遺跡の入口に向かって私の影をゆらりと伸ばした。

感想、要望、質問なんでも感謝します!


また一人、進む悪路。

以前はそこに一石を投じた人が居た。今は…


次回もお楽しみに!

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