281話 推測と打算
281話目投稿します。
黒い影の正体は、その情報源すら思いもしなかった篝火
旧スナント領ヴィンストルの町。
この町は通称戦士の町として領内、事、王国中からスナントの屈強な軍隊の礎として選出された多くの兵士を輩出した町とされている。
一方でこの町の一部にある遺跡群は町の発展と共存し、その類いの有識者にも興味深い物とされている。
しかし、戦士の町という独特の文化から内外共にそういった親交に及ばず、長い時間を経てこの町はそういう町なのだ、と一般に浸透してしまった。
南の地方は亜人種と言われる種族が多い中、彼ら戦士の町も古くは人外の血を受け継ぐ種ではあったが、それも作用したのか、エルフ族のような純血種では無いものの、過去に彼らがそうであったように外部との親交は希薄だった。
後で聞いた話だが、そんな彼らに取っての光明となったのがセルストの存在だ。
まだ私が生まれていない時代。
私の両親がまだ冒険者として旅をしていた時代。
若くして竜討伐の英雄であったセルストは、己が求める力の一端として戦士の町に目を付けたのだ。
彼によって開かれた親交は後のスナント軍に多大な躍進を齎し、先にあったように王国にその力を震撼させるまでに上り詰めた。
だが、それはある意味に於いては暗い影を落とす原因となり、今の町の状況は正にソレが浮き彫りになったとも言える。
「それまでの正規軍からすれば臍も曲がるってもんさ。」
というのは独自の調査によって色んな情報を得ているエル姐の意見だ。
『つまり、今回の騒動は戦士の町を良く思わない連中が首謀者?』
「遠からずな。」
更にセルストの慰問に託つけて彼本人すら巻き込むという何とも大胆な計画だ。
少なくともセルストの弱体化に気付いてなければ実行に移したりはしないだろう。
逆に考えれば、首謀者は相当な情報通、策略家であるとも言える。
この地にセルストが居たのなら、この何が起こるか分からない状況を乗り切るのも随分楽だっただろうに…悲しいかな、遺跡に着くより先、むしろ町に入ってからも、私は彼がこの町に居ないのが、この能力故に分かっていた。
彼がそう簡単に死ぬなんて事は想像出来ないし、彼の妹に会わせるまでそうであっては困る。
カザッカとサティアを先頭に件の遺跡へと走る集団の殿軍として最後尾を追う私に、脇から合流したエル姐との会話もそこそこに数少ない情報を精査する。
「今になって思えば笑えねぇ話だ。」
という愚痴にも似た言葉から始まったエル姐の話。
彼女の表立っての姿である修道女。
それはつまり形としての信仰がある上での物で、王国全土でいえば、それ程大きな勢力とは言えない。
が、仕入れた情報の中でスナントに於いて彼女の信仰とは別の教えがあったという。
王国全土で言えば同様にさしたる規模ではない物の、事、スナントだけで言えば彼女も驚く程に一部の住民に蔓延していたのだ、と言う。
一度だけその信仰の様子を目にしたが、今現在、南の空から感じられる気配はソレと同類に思う、とエル姐は推測を挙げた。
『その大元は?』
「司教ムランザ…って言ったかな。」
そこまで深く探れたわけではないが、その新興宗教の祖はスナントの一部上層部とも親しかったのは確認できているとも話す。
『真っ黒じゃない…』
「精々、人々を扇動する為の宣伝程度にしか思えなかったんだよ、アタシが見た限りじゃあな…。」
『エル姐がそう感じたならそうなんだろうけど…』
表の姿は真面目とは程遠い彼女だが、腐っても王国で一般的にも認知されている信仰に殉ずる修道女だ。
その彼女の見立ては間違ってはいなかったはずだ。
少なくとも彼女が目にした時点では。
黒幕はまた違うって事か…。
彼女が調査していた時期から経った時間はそれ程長くはない。
もし、今南の空を染める原因がその新興宗教だとすればこの短期間で躍進するにしても限度がある。
あんな得体のしれない力を手に入れる原因は単純にスナントの住民の信仰心に因る物じゃないのは、大凡信仰から程遠い私ですら想像出来ない。
ともなれば、その司教何某とやらに手を差し伸べた何者かの影があると考える方が余程納得が行く。
その得体のしれない力を指示したのはセルストやヴィンストルを良く思わない軍部の指示だったとしても、その上層部すらまた別の黒幕が介在している可能性も十二分に考えられる。
『いずれにせよ、この賭けに勝たないと見極める事すらできそうにないね。』
明確な事は、この現状を何とか脱する事。
私の考えをある程度理解した上でエル姐は頷く。
「分はあるのかい?」
『規模が分からずに逃げるよりは…って程度だけどね。』
先の私たちとの戦で減った戦士たち、今回の襲撃で命を落とした者たち、それを差し引いてもまだこの町には多くの戦士が居る。
打算的ではあるが、此度の危機を乗り越えれば生き残った彼らの助力を得るのも容易いだろう。
そしてその力は、この後にスタントに蔓延る影を祓う為の剣にもなる。
セルストが無事なら、間違いなく実現可能な戦力だろう。
無事ならば…だが…。
『誰に似たんだろうね。』
我ながら今頭にある打算に苦笑する。
少なくとも受け継いだ立場に見合った考え方なのだろうな、と。
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真なる原因は、未だ見えず。
その影だけが南の空を覆う。
次回もお楽しみに!