280話 激情の中で
280話目投稿します。
命の尊さを知りながら、時に容易く奪い去る。
それは…
『チッ…』
小さい舌打ちは他者ではなく自分に向けた物だ。
地に足をついて意識を集中すればそれこそ多くのモノが把握出来るという幼い頃から身についた感覚。
けれど今この状況に於いてソレが使えない。
かと言って空から見下ろす事で町の方々が確認できる視線を削る事も憚られる。
『でも…これは…』
意を決して高度を下ろし、ある程度の高さで魔力を解き、自然落下で着地する。
今立っている場所は町の入口付近。
背後には先程私たちに壊滅させられた第四部隊と呼ばれる者たちの姿。
指揮官はエル姐に拠って処分されはしたが、その後、指令塔を失った彼らに攻撃は加えたものの全員が命を失ったわけではない。
其々大小あれど、生き残った者たちはその傷から身動きが取れない者が殆どだ。
『貴方たち!、死にたくなかったら早く逃げなさい!、この後起こる事、少しくらい分かってるでしょう?!』
強く言い放つ私の言葉を受けて、無事な者たちが互いの顔を見合わせ、揚々に顔色を青ざめながらそれでも必死に立ち上がろうとする。
『いい?、もう貴方たちに危害は加えない!でも生きてる者は互いに助け合いなさい!』
彼らだけにあまり時間は掛けていられない。
それだけ言い残して、私は身を翻して町の中に掛けた。
『サティア!、何処に居るの?』
声は掛けたものの、この付近には彼女の気配は無い。
町の入口に駆け付けた際、近くに身を潜めるように伝えたが、恐らくは町に散っていった皆と同様に行動を起こしているのだろう。
『細かく探っている余裕もないか…』
町の奥、遺跡群がある方向を目処に町を進む。
途中、いくつかの建物に残っている気配は、町で飼育していたであろう小動物の類だったり、中には返り討ちにあったであろう傭兵部隊の生き残りも居たが、彼らについては避難するように伝えるのみで手を貸しはしない。
この状況を全て把握はしていないだろうし、上から知らされているわけでもないだろう。
少なくとも正規軍、更にそこに命令した者の思惑では彼ら傭兵部隊…むしろ第四部隊ですら使い捨ての駒でしかないのだろう。
それでも彼らがこの町で行った蛮行に同情の余地はない。
何より今の私にこの町の全ての人を助けられる力はないのだ。
『チッ…』
再びの舌打ちは、この力を持っていても無力を感じる不甲斐なさからだ。
「フィル様〜!」
少し間延びした声のヌシはリザだ。
「見つけた人たちは、遺跡?に向かってもらいました。何か険悪な人たちも居たんですが、何だったんでしょう?」
『あ…そうか…』
そもそも私が町に着いた時の様子を伝え忘れていた事を思い出した。
『町の人達に強そうな人は居た?』
「えっと…そうですね。強そうなオジサンに凄い睨まれてた人とか居ましたよ?」
リザの言葉から察すると、彼女が誘導した者たちの一団は問題ないだろう。
カザッカであれば、余所者と町の住人の違いは分かるとしても、リザとロカ、エル姐からすれば傭兵部隊が襲撃していたのを見ていない。
避難させろ、と言われたのなら目に付く人に、片っ端からそう伝えるはずで、中には先程私が見つけた者同様に、身を隠していた残党であっても不思議じゃない。
『まぁ…落ち着いて団結してれば今更、かな。』
ともあれ一先ずは一丸となっての避難になっているのであれば問題はない。
「何が起こるんですか?」
『分からない…けど、少なくとも町全体が危ないのは間違いない。』
「外に逃げなくても良かったんです?」
リザの意見は最もだが、そもそもこの町に来た当初の目的は遺跡に姿を消したセルストの救助だ。
そして私は遺跡の造りを、特別な力をある程度は把握してる。
一つの賭けであることに変わりはないが、多くの人を護る事を考えれば、規模が分からない何か…少なくとも町全体に及ぼされるソレが単純に町の外に逃げるだけで看破できるとは考えられなかった。
『リザとロカの力も借りるかもしれないの。先に遺跡に向かってて?』
「分かりました。ロカちゃん探して合流しますね。」
のんびり口調でありながらも迫る脅威の気配は感じているようだ。
短く会話を交わし、リザはロカが向かったであろう方へと駆けていった。
「お姉さん!」
更に足を進める私に掛かった声。
その姿を見て、心の中で胸を撫で下ろす。
サティアがこちらを見つけ、手を振りながら駆け寄る。
背後にはカザッカを始め、町の住人と、縄で縛られた傭兵と思しき数名。
少女の無事も然ることながら、兄であるカザッカと合流できていた事が何よりだ。
『サティアちゃん!、無事で良かった。』
「入口から走る兄を見つけて追いついたんです。先に集まっていた皆に声を掛けて集まってもらいました。」
「フィル様、この後何が起こるのでしょう?」
リザ同様にこの後に起こる何かを危惧しているカザッカ。
『ゴメン、私にも上手く答えられない…でもこの町全体が危ないのは間違いない。』
「俺たちは魔力の扱いが頗る苦手なんです。もしその手の話ならお任せするしかない…」
私が自分に舌打ちしたように、カザッカも魔力を扱えない己の無力感に悔しい思いを重ねている。
その肩に手を伸ばし
『今は出来るだけ多くの命を護るのが大事。それに…良く我慢したね。凄いことだよ。』
チラリと背後の傭兵を見やる。
余所者であれ、命は命。
それを己の激情と秤に掛けて、それでも留まった彼は凄い。
片や私は、何故かあの瞬間、サティアを襲った男に対して私はそんな考えすら頭になかった。
激情に任せて奪った命の重さが今になってのしかかるようだ。
あの時の激情の根は何だったのだろうか?
『私は…いや…私も。』
一人の顔が頭に浮かび、思考を阻害する。
それも一瞬。
ハッと我に返る私の手を、サティアが握ってくれている。
『ゴメン、ちょっと考え事しちゃった…急ごう!』
声を上げて再び避難先へと歩みを進めた。
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心が支配するこの体は未だ未熟。
次回もお楽しみに!