277話 襲撃者の末路
277話目投稿します。
急転直下となったヴィンストルの町の様子。
少しでも助ける事ができるならば、と目に映る襲撃者に放たれる刃。
「な、何者だ、貴様!」
所謂相方と言った片方が絶叫を伴う無力化させられ、残されたもう一方の男は油断を改め、腰にぶら下げた剣の柄を握り勢いよく抜き去った。
『…こういう時、名乗る程の者じゃない…とか言うのかしら…いや、この場合は貴方に教える名は無い、が正解?』
若干の気怠さを前面にして、男に問う。
当然、まともな返答が返ってくるわけもなく。
「こ、この!」
狼狽えながらも振り上げる剣は、振り下ろされる事もなく、ガシャリと地に落ち、その刀身に赤い血が飛び散る。
『目の前で相方がやられるの見てたのにソレ?』
そんな大振りを許すはずもなく、私の刃は男の肘に穴を開けた。
「ギャッ!」
もんどり打って腰を落とした男の、今度は両足首目掛けて刃が疾走る。
「ぐあっ!」
先の男も含め、時間にしてわずか数秒の攻防…というよりは一方的な無力化は成功。
やられた事で少し頭が冷えたのか、私を見上げるその表情はいずれも恐怖を抱いている。
「や、やめ!」
彼らにすでに戦意はない。
あるのは私への、そして命の危険からくる恐怖だ。
『大人しく止血してれば死にはしない。答えなさい!、貴方たちは何をしていたの?、誰の差し金?』
言動と実力を考えてもこの2人は今この町を強襲している勢力でも一番低い部類の立場だろう。
だとしても、誰の下で蛮行に及んだのかぐらいは答えられるはずだ。
「わ、わかった!言うから!」
「俺たちはスナントの第四部隊の更に下の傭兵団だ!」
正規の軍隊ではない?
確かに装備品もある程度は同じに見えるが大凡正規の軍服には見えない。
『誰の差し金?』
先の問いをもう一度。
「ここに来てるお偉いさんは第四部隊の隊長だが、命令自体はもっと上だ!」
それ以上は自分たちは知らない、と。
『貴方たちもスナントに暮らすなら、心当たりくらいあるんじゃないの?』
今度は彼らにいくつかの風穴を開けた刃を突きつけて問うた。
その切っ先は小さくとも己の体を傷つけた刃に他ならないのは彼らは百も承知だ。
「…はっきりとわかんねぇのは本当だ!、領主サマが先の敗戦からすっかり牙が抜けたって噂は持ち切りなんだ!」
「お偉方の権力争いなんて俺らは知らねぇんだって!」
必死さからすれば嘘を言っている訳では無いだろう。
確かに上層部の詳細なんて誰もが知り得ることでもない。
王都でラグリアと私の関係を知る者が少ないのと同じだ。
溜息を付いて突きつけた刃を収める。
『…止血が済んだら大人しく立ち去りなさい。次に見かけたら容赦はしない。』
私の最後の言葉に安堵したのか、男たちは頼んでもないのに、こんな事はもうしねぇよ!と後悔の言葉を置いて近くの建物の影に逃げていった。
『傭兵ってよりまるで野盗じゃないの…』
ふぅ…と一息ついた私の耳がピクリと動く。
『悲鳴?!』
一瞬、悲鳴というより拒絶の一言を捉えた。
声のヌシには酷だが、いっそ悲鳴を上げてくれた方が場所が特定できるというものだが…町のあちこちから聞こえる剣撃の金属音と、焼け落ちる建物の音、住民か襲撃者かいずれかの叫び声も至る所から耳に入ってしまい、間違いなく聞こえたはずの声、私に迫った連中の行動から考えれば多分状況は同種だ。
私だって押さえつけられ、口を塞がれてしまえば助けを呼ぶことすら出来ないだろう。
『クソっ!』
吐き捨てる汚い言葉と同時に右膝を上げて、靴底を強く地面に叩きつける。
足の裏から根を這うように意識を潜り込ませる。
どこだ?
聞こえた女の子の声はそう遠くはなかったはずだ。
今度は耳ではなく意識が捉えた物音。
『一つ先!』
踏みつけた足先に力を溜め、合わせて腰を落とす。
『フっ!』と腹部に溜めた力を足に…正確には足首にはめた装具に伝える。
一瞬にして目の前の建物を飛び越えて、目的のその扉の前に立つ。
キンっと甲高く響いた音が消えると同時に木製の扉が細切れとなり、閉ざされていた室内に周囲から上がる炎の灯りが射す。
外からでも分かった。
建物の中、人影は二つ。
私の予想通りの状況に相違はなく、私のソレより一層酷い。
聞こえた叫びもやはり私よりも幼い少女の物だった。
ゆらり、と建物に歩み入り、はっきりと強く言葉を紡いだ。
『離れなさい!』
一瞬にして破壊された扉に驚いた様子の男の姿と、のしかかられ、大きな手で押さえつけられた少女の姿と、同じく塞がれた口元。
その少し上、つい先程まで絶望に満たされていたであろう瞳に光と涙が溢れるのが見て取れた。
扉の中はそれ程広くもない。
恐らくは住民が生活するような建物ではない。
倉庫と思しき室内には乱雑に積まれた木箱や樽などが並び、男の腰より少し低いが丁度良い塩梅であっただろう木箱の上に乗せられ拘束された少女の衣服はその殆どがただの布切れと化していた。
「てめぇ…邪魔すんじゃね」
『耳が腐る。』
男の口が閉じるより早く、喉から後頭部に掛けて風穴が空いた。
「あ、が…が…」
余地なんて必要ない。
すでに男は擁護出来ない事、するつもりは毛頭ないが、その行為を、まだ未成熟と言って過言ではない少女にシたのだ。
『ゴメン…』
間に合わなかった、と続けようとして止めた。
ズルズルと倒れかけた肉塊を押しのけ、少女の体を抱きしめる。
自分が着ていた上着を脱ぎ、少女の体を包みこみ、少し長丈の羽織で良かったと今はせめてそれが救い…だろうか?
戰場や野党の行動、襲撃に於いて、そんな行為が行われるのは何と無く知ってはいた。
現に私自身も下手すれば先の2人をその相手としていたかもしれないのだ。
だが、もう少し早く動けていれば、腕の中で震える少女に幾分マシな泣き顔に出来ていたはずだったのに…。
『ごめんなさい…』
頭を振りながらも、私の胸に顔を埋めて少女は泣いた。
少しの間、そうして少女が落ち着くのを待った。
まだ町の危機は続いているが、彼女をこのまま一人にしておく事も出来そうにない。
この建物に隠れられれば良かったのだが、生憎とすでに身を潜めるための扉は跡形もなくなってしまった。
『辛いだろうけど、ゴメン…この近くに隠れられそうな所はある?』
「アタシの家…あの男が入ってきたけど、壊されたわけじゃないの…燃やされてもない。」
案内を頼むと、頷き、指で示す。
しっかりと少女の手を掴み、もろとも中に浮かび上がる。
「それに、お兄ちゃんがもうすぐ返ってくるから…大丈夫…です。」
今は気が回らないだろう、急ぎ示された目的の建物へ、炎の灯りと、熱が犇めく町を駆け抜けた。
『お兄さんは町のどこかに?』
「いえ、お兄ちゃん…兄は町の外に救援を求めて昨日出発したんです…」
『あなた…もしかして…』
少女が言うところの兄、その人物はまさかの人だったようだ。
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何とか命を助ける事に成功した少女は、まさかの案内人の妹。
だが、まだ助けるべき人は多く、襲撃者の蛮行は終わっていないのだ。
次回もお楽しみに!