276話 蛮行の代償
276話目投稿します。
状況は想像以上に芳しくない。
原因は理由を生み、理由は蛮行を誘った。
「フィル様、くれぐれもお気をつけて…」
そう言ってヘルトを始め、リザとロカを送り出すために集まったエルフ族の一団が見守る中、私たちを乗せた馬車はエディノームの南門から出発した。
昨日、というより今日の日の出前の深夜というのに私の帰還を待っていてくれたヘルトから、不在の間の取り決めと、今日の準備内容を交わしたわけだが、注文を付ける点も見当たらず睡眠時間を削られる事もなかった。
とはいえ、実際のところ十分に眠れたわけではないのでまだ眠いのに変わりはない。
リザとロカにしても、やはり同郷の者たちとの再会はそれなりに盛り上がったのだろう、簡素な馬車の中で適度な揺れも相俟って眠気に誘われているようだ。
対して、客人であり、この旅程の案内役であるカザッカは十二分に休めたようで、御者の隣に腰掛け、目的地へと誘導してくれている。
今回の旅程、この馬車に乗っているのは今のところ五名。
荷台に揺られる私、リザとロカの双子、案内役のカザッカと馬車を操る御者。
『…』
チラリと前席に座る背中を眺めて私は目を閉じる。
今は2人に任せておいて問題は無いだろうと。
事は一刻を争う、と言えなくもないが、焦りは禁物どころか、時としてソレは大きな障害、或いは敵としての牙を剥きかねない。
もしカザッカが誰しもが抱く程に直情的な性格であれば彼の中で現在進行中真っ只中の焦りに攻め立てられている事だろうが、幸いそんな様子は感じられない。
焦りがないわけではないだろうが、しっかりと考えた上で行動できる人なのだ、と感じた。
それならば彼や、ヴィンストルの住民の頼みを叶える為に身を投じるまでだ。
陽が頭上の高いところに差し掛かった頃、私を含めた荷台の3人もすっかり目醒め、一旦の休息を兼ねた昼食の後、再び目的地へと馬車は走る。
目的地が徐々に近付くに連れ、最初に異変に気付いたのはロカだ。
「何か…変だぞ?」
殆ど同時ではあったが双子のリザもロカ同様に感じだったようで、
「木の焼ける悲鳴が聞こえます!」
エルフ族特有の言い回しではあったが、その言葉は気の所為と捨て置くには不穏過ぎる内容だ。
双子に少し遅れて、馬車を操る御者の口から「煙だ!」という叫びに背中を押されるように私は瞬時に荷台から飛び出す。
荷台後部からそのまま空へと舞い上がり、体の向きを整えながら目的地と思しき方向に視線を向ける。
『これは…!』
決して肥沃ではない森の先、少し開けた一画、煙の隙間から建造物も確認できる。
『カザッカ!、町はあっちで合ってる?!』
大声を上げて眼下、馬車からこちらを見上げるカザッカに問う。
一度私が指さした方向に視線を送り、即座に答えが返ってきた。
「間違いないです!、何が見えますか?!」
『あれは…争いの火だ…』
幼い頃、故郷の森で落雷による火災を見た。
つい先日、地震の二次災害に因る火事を見た。
今視界の先、ヴィンストルの町で上がる煙はそのいずれとも違う煙だと確信できる。
『明らかな敵意で人を焼き尽くす焔だ…』
私が戦場で見たソレは蒼炎ではあったが、間違いなく目的はソレと同じ類。
一度高度を落とし、皆の元へ降りる。
『先に行く!皆は警戒しつつ向かって!』
足を地に着けはせずに指示を伝え、再び高度を上げようとしたところで、カザッカが私の手をギリギリのところで掴んだ。
慣性で揺れた体勢を整えながら、彼の顔に目を向ける。
視界に入るその表情は焦り、戸惑い、疑問と少しの怒りを帯びた顔だった。
『今は焦っちゃ駄目だよ。今は私に任せて…皆をお願い。一刻も早く町に行くには貴方の案内が必要、分かるよね?』
掴まれた手に、もう一方の手を重ね、落ち着かせるように伝えた。
「…っ…分かりました…町を…皆を…頼みます…!」
解かれる手に重ねた両手で一瞬だけ、キュッと握り返し、再び高度を上げる。
周囲の木々よりも更に高く舞い上がり、改めて煙が上がる方へと身を捩る。
『急がなくては…』
体を傾け、ヴィンストルを目指して空を駆ける。
到着したところが終わりじゃない。
あそこで行われているであろう何者かの蛮行を止めなければならないのだ。
手足の装具を操りながら、更に腰元のベルトから刃を解放し、自分に追従させる。
カザッカに頼まれたし、任せろと言ったのも私だ。
町ではすでに怪我人も出ているはずだ。
今更被害を出さないとは言えない、ならせめて被害を減らすためにこの刃を投げよう。
ヴィンストルの町。
やはり予想通り、煙の元は自然発生した物じゃない。
先の戦で見覚えのある鎧を纏った人影が無意味に手近な建物に火を点けている。
この町に暮らす者ならそんな事をするはずがない。
『貴方たち!何してるの!?』
素早く着地して刃を放つ、理由が話せる程度に無力化できればいい。
端っからこちらの問いかけに対する返答など期待できはしないだろう。
「貴様!町の者ではないな!?」
一先ず視界に入ったのは2人。
「大人しくしろ!…どっから入り込んだんだ?、警戒部隊は何をやってんだ!」
彼らからみた私は武器も持たないただの見慣れない女にしか見えてないだろう。
「まぁ良いさ。この町の女どもに比べたらアタリじゃねぇか?」
値踏みするように私の全身を舐め回す視線に嫌悪感しか感じない。
「それもそうだな。おい女、大人しく言う事聞けば命は助けてやる。」
そう言いながらゆらりと私の体に触れようとする。
『…そっちよ』
思ったよりも状況は酷い。
キュリオシティやヴェスタリスにも下卑た者が居なかったわけじゃない。
しかし、目の前の不埒者はそれ以上に私の神経を逆撫でする。
この男たちの言動からすれば、以前からも同じ事を繰り返していたのは明白だろう。
そんな者に容赦などしない。
「あぁん?なんだって?」
「へへっ、何だっていいだろ?」
笑いながら私の肩に触れようとした瞬間、
ドシュ!!
という音と共にその手が跳ね上がり、更にその手から赤い血飛沫が上がる。
一瞬の間を置いて、
「ぎゃあぁあぁああ!!」
と絶叫がこだました。
『…大人しくするのはそっち、って言ったのよ。』
のたうち回る男に更に追い討ちを掛ける刃は、暴れる足、その膝をめがけて、難なく貫き、更なる絶叫を生み出した。
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許してはいけない。
ただ目障りだという理由だけで行われる行為に大儀などありはしないのだから。
次回もお楽しみに!