275話 夜空の双子
275話目投稿します。
馴染みの双子は、初めての空の旅に好奇心を刺激される。
「フィルさま〜!ちょっと待ってくれって〜!」
すでに日が落ち、静まり返った木々の合間を駆ける2つの足音、そして時折生い茂る葉を揺らす葉音だけが耳に届く。
「ロカちゃん、前見ないと危ないよ〜」
森での暮らしに慣れている2人が多少の余所見で二の足を踏むような事はないと思うが、私が2人と同じ様に地を走ってしまえば夜明け前にエディノームに到着するのが難しくなる。
森を抜ける迄は私は飛翔状態を続けるのが無難だ。リザとロカの二人には多少酷かもしれないが頑張ってもらわなければ…。
『二人共、森を抜ける迄は頑張って!、後は楽させてあげるから!』
見下ろす視界の隅で、2人の嬉しそうな笑顔が見えた。
出来る限りの速度を以て東の地、オスタングの南に位置するエルフの集落に辿り着いた私は突然の訪問、しかも日暮れ間際の時間という事を詫び、この地に地震の被害の有無を問うた。
応じてくれたのは集落の仮長の男であるのは変わらず、スヴェンも元気そうで何より、と言ったところだ。
幸いにも私たちの町と違い、それ程大きな建造物も無いし、そもそも木製である事から被害も殆どなかったらしい。
安心するのも束の間、長が訪問の理由を聞いてきてくれたのが幸いだった。
理由がなくても歓迎してくれる雰囲気に呑まれて目的を忘れかけていた。
改めて出来るだけ簡潔に事の次第を説明したところ、紹介された人物が私にとってもそれなりに顔見知りである双子だったというわけだ。
今の双子の立場は門番ではなく、若すぎる跡継ぎを始めとする主だった者の護衛という出世ぶりではあったのだが、現状を鑑みた結果、一先ずの脅威は去ったと判断され、一連の行く末を確認する事も踏まえての抜擢だと言う事だった。
「迷惑をかけるやもしれんが、2人を扱いてくだされよ。」
なんて事を言われたものの、私が彼女らに教えられる事に心当たりがあるわけでもない。
きっとこの先の集落を担うであろう若い者に経験という名の学びを与える事も目的の一つなのだろう。
「うっひゃあー!すげぇすげぇ!」
森を抜けた後は彼女たちにとって楽しい時間の始まりだ。
「うう…高いよぉ〜。」
双子なのにここまで対極とも言える感想に少し笑う。
『あんまり暴れると手が滑るよ?』
私の左右の手を其々、リザとロカがしっかりとその両手で掴んだままの飛行。
考えてみれば誰かを抱えての飛行は初めてだったか?
予想に反して何故か2人の重さは感じない。
手を繋ぐ事で私の体の一部のように認識されているのだろうか?
これについてはまた機会を作って調べてみたいところでもある。
『…?』
念を押してもロカは空から見下ろす景色に夢中で、片手を額に当てて遠くまで見渡すようにあっちこっちと顔を回す。
片やリザはしっかりと私の腕を掴み、大人しくしているのだが…何故か足をバタつかせている。
『リザ?どしたの?』
「え…っと…私重たい…から…」
これまた双子のはずなのだが、彼女が言うようにロカとは体格が随分と違う。
特にその羨ましいと思える程の胸元から視線が逸らせない。
『むぅ…』
流石に私の視線に気付いたリザは恐る恐る私の腕から片手を離し、そそくさと胸元を隠し…「…重いんですよ?」と小さく呟いた。
森を抜けてしばしの空の旅。
途中眼下にはいつしかの戦場。
王国側も、スナント側も、貴重で優秀で大切な者たちが散っていった戦いの爪痕が拡がる。
端っから大人しかったリザは勿論、つい先程まではしゃいでいたロカも、月夜に輝らされた戦場跡に息を呑む。
「…沢山の魂。」
「戦士たちの魂だ。」
2人共しっかりと私の腕を掴んでいるが、空いたもう一方の手を胸元に当てて目を閉じる。
敵味方関係なく、この地で旅立った多くの魂に黙祷しているようだ。
事、魂に関しては多くの種族が暮らす王国でもエルフ以上にその特殊な扱い方、価値観を持つ者たちは居ないだろう。
そんな彼女らの祈りは、この地に眠る魂にとって少しでも良いモノのであればいい…。
叔父様もきっと…。
この地に在るのだろうか?
流石に戦場の雰囲気を経てからは幾分静かになったロカだったが、再び大きな声を上げる。
「何か見えてきたな、フィル様、あれかい?」
『うん。思ってたより早く着けたみたい。』
日暮れの後に集落に到着し、蜻蛉返りする形での移動となった事を考えれば、思っていたよりも早くの到着と言えるだろう。
「あ、あの、フィル様?」
怖ず怖ずと口を開くリザ。
『ん?何?』
「町に居る仲間に会う時間はありますか?」
出発の予定まで、落ち着ける程の時間はないものの、駄目な理由など勿論無い。
私にも言える事だが、睡眠不足は出来るだけ避けたい所ではあるが、明日の移動は別に徒歩である必要はないのだ。
『大丈夫。久しぶりに会えるんだからゆっくりするといいよ…と言いたいのは山々なんだけど、少しでも良いから寝る時間は取ってね?』
「はい!ありがとうございます!」
条件を付けたものの、それでも同郷の者に会えるのは嬉しい事のようだ。
『そろそろ降りるよ?』
町の外周に張られた結界はすでに通過し、程なく町に到着となる。
防壁を越え、高度を下げていく。
私の腰程度の高さまで降りたところで、
『それじゃ、手を離すよ?』
頷く2人の様子を確認してからそっと力を抜く。
2人もこの時ばかりはしっかりと足元を確認し、恐る恐る私の腕から手を離す。
「…っとと!」
おや?…
「っ…ほっ!」
ロカは空中で上手いこと体勢を整え、地に足を着けた。
「…うぅっ!」
ふむ…?
「わっ!?…きゃっ!!」
リザの方は着地に失敗。
ロカに笑われつつも、その手によって引き起こされた。
ここでまた一つ、飛行についての確認事が増えたのだが、これもまた落ち着いてから時間を割けばいい話だ。
『エルフ族の皆の家はこの先。少し行けば農地が見えてくるはずだから、その付近の家にいるはずよ。』
双子は顔を見合わせ、私が示した方へと駆けていった。
喜ぶ様子は微笑ましいのだが、果たして明日、眠気に耐えられるだろうか?少しの心配にもなる。
『さて…私も早いとこ寝なきゃね。』
流石に今日は疲れた。
自室に戻る夜の町並みを歩きながら、大きく伸びをしながら口から欠伸を漏らした。
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復興を止める事はできない。
けれど、今それよりも危うい事件が離れた地で起ころうとしている。
次回もお楽しみに!