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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第八章 消える星空
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274話 渦巻く謀略

274話目投稿します。


訪れたのは敵国の青年。

だがその眼は純粋な願いを持っていた。

「確かに…あの町並み…俺たちの中では遺跡通りって呼んでるんですけど、これと近い感触ですね。」

応接室に戻った私は勢い醒めやらぬ内に持ってきた装備品の一つをカザッカに手渡した。

最初は何事か?と言った彼の表情は手に取ったソレの感触を以て先の言葉を紡がせた。

「鉄かと思ったけど違うんですね。」

見紛う程の意匠は職人の腕に因るものだ。

私自身も最初に見たときには彼と同様の反応を返したものだ。


ともあれ、これで確証を得るための一つが予想通りになった。


続け様に今度はテーブルに地図を広げる。

「王国全域…といっても旧体制の、ですが…地図ですね。」

説明を入れたヘルトの言葉は僅かばかりの棘を孕むようにも取れる。

彼女なりに兄の蛮行とも言える今回の切っ掛けに思うところはあるのだろう。

私としては出来るだけ早く再会の場を作って思う存分に言葉を交わしてほしいところではある。

『先に言っておくのだけれど、私はヴィンストルの場所を知らないの。でも多分…』

と地図上に指を落とす。

『この辺りなんじゃないかしら?』

王都を中心として地図に記されたいくつかの円。

今の段階では王都から南西側は、この町からほど近いところに小さな印が在るだけで、他のソレとは大きさも違う。

「少し…こっちですかね。」

僅かに逸れたものの、やはり予想に近い位置。


『ヘルト、多分間違いない。』

「ええ。」と彼女も頷く。

「えっと…どういう?」

一人置いてけぼりのカザッカだったが、この地図、遺跡の存在、私たちの今までの旅、或いは学んできた事がその存在に大きく関わっていた事を教える。


『で、セルスト卿がどうして?』

カザッカは彼を助けて欲しいと言った。

「はい。数日前の事です。セルスト様は俺たちの町に慰安に訪れました。」

先の戦でセルストと共に侵略の徒として私たちの町に攻めてきた軍勢。

その中にもカザッカが暮らす町、ヴィンストル出身の兵が多かったのだ、と。

『…』

彼らはセルストの威光に従い、勇敢に戦った…という事なのだろうが、それはつまりカザッカにとって同じ町で暮らし、同じ志を持った者の命を奪った相手。

私こそがその指揮官なのだ。

彼にとって私は仇と言っても過言ではない。

鉄は熱いうちに叩けと言う言葉もあるが、あの戦を過去の物とするには余りにも短い時しか経過していない。

そんな中でカザッカがこの町に訪れるには相当な理由と覚悟があったに違いない。

そして何より、友好相手とは言い難い私たちに助けを求めるしか残された手段が無いと言うのもまた謎でもある。


全ての情報が開示されている訳では無いが、少なくとも今の私に分かることは、彼がこちらの手出し、手助けもなく、この町に来ている、辿り着いている。

それこそが今の私に分かる事実だ。


『貴方には…私への憎しみはないの?』

「フィル様!、それは!」

声を上げたのはヘルトだ。

彼女が激昂する理由は二つ。

己の兄が招いた戦であり、こちら側は侵略からの防衛であったこと。

そして先程の私の逡巡と同じく、カザッカ本人に敵意がないという事だ。

『きっと相当な覚悟でここに来たのでしょう?、生半可であるはずがない…でも間違いなく貴方の同胞、同郷の仲間の命を奪ったのは私よ?』

真剣な眼差しで私とヘルトのやりとりを、私の言葉を正面から受け止め、それでもカザッカは笑ったのだ。


「少しだけ、俺たちの町の…その祖と言える一族の話をしましょう。」

カザッカの暮らす町。

古い遺跡を町の一部として暮らしてきた住民とその町は、スナントに於いて一つの印象、または畏怖、或いは敬意を孕んで「戦士の血」と呼ばれているという。

「俺たち町の者は誰しもが生まれた時から争いの中に身を投じる生き方…今の世の中からすれば時代遅れも甚だしい程の仕来りがあるんです。」

謂わば一族の誇りとも言えるソレは、その個々の意志とは別物で、純粋な力を求める物であって、勢力や体制によってその理念を動かされるものでは無いという事だ。

「まぁ…そんなだから畏怖というより一部のお偉いさん方からは疎ましく思われるところもあったんですよ。」




ともあれ、セルストが慰問に町を訪れたのは、己に付き従い、戦士としての領分を全うした者たちへの哀悼でもあったのだ、と。


「ただ…町に来たのはセルスト様だけではなかったんです。」


ヴィンストルの町を訪れたスナントの重鎮。

勿論セルストを筆頭としてではあったが、町の住人が違和感を感じたのは、その中に彼らを疎ましく思っている中心とも言える者の姿もあった事。

そして、慰安の目的のはずが、古い遺跡の探索が予定に組まれていたという事。


町の仕来りで遺跡の最奥に踏み入る事は一部の者だけに限られていた中で、セルストを除く重鎮の面々は一応の体裁から町への配慮をした、と言えなくもないが、それにしては雰囲気がどうにも可怪しい、と肌で感じていたのだ。


「そしてあの大地震が起こりました。」


遺跡の最奥に潜っていたセルストと町の者はまさにその被害を食らう形で行方不明となった。

本来、自分の主とも言える者が明らかにその場で危機に面しているのであれば、一刻も早く救助するようなモノのはず。

が、重鎮は早々にしてスナントに戻ると言い出したのだ。

「言い分は間違ってる訳じゃない…あれ程の地震でしたから、スナントの町だって被害が出たのも分かります…なら急いでセルスト様をお助けするのが当然なはずなのに、兵士を連れて、改めて救助を行うとか言って町を出ていったんです。」

『卿を残して…って事よね。』

確かに目の前にある被害を無視するような行為は違和感しかない。

むしろ主であるはずのセルストを蔑ろにしているようにしか感じられない。


『…エル姉の情報も強ち遠からず、か…。』


カザッカがこの町に救援を求めた本当の理由。

スナント内でセルストを排除しようとする派閥の存在。

そして恐らく、そこが次に打つ策は…。

『ヘルト、多分のんびりしている余裕はない。すぐにでも助けに行かないと色んなことが手遅れになる!』

「しかし…今、この町から派遣できる部隊は少ないのも事実です。」

頷き、少しの間考えを巡らせる。


私一人で向かうのは難しくはない。

だが、セルストを排除しようとする勢力に巻き込まれたらどうなるかは想像も付かない。

そして、遺跡が絡むなら、魔力に長けたものの助けが欲しい。

思い浮かぶのはマリーだが、今は東の地に戻っている。

母もその力に於いては頼りになるだろうが、同じくこちらは王都、もしくは故郷に戻っている。

2人に比べると劣りはあるが目の前のヘルトを同行させるのは吝かではないけれど、それは無理だ。


少数での動きに対応できて…且つ魔力を扱える者…


立ち上がり、考えを纏める為に応接室内を歩き回る…とふと靴裏に感じる土の感触。

背中越しに視線を落とし、靴裏を確かめる。

多分ここに来る前に手伝っていた野良作業に因るものだ。


野良作業…エルフ族の…


『そうだ!』


閃いた同行者の選択。

『カザッカ、今日は一先ず宿を用意するわ。出発は明朝で。ヘルト、後は頼める?』

「あ、はい。ありがとうごさいます?」

「分かりました。」

聞き返す事もなく、こちらの意図を察してくれるのは彼女ならではで、とても助かる。


急ぎ応接室を後に、建物の外に飛び出す。


長い事話をしていたと思ってはいたのだが、まだ夕暮れには時間がある。

『急げば日暮れ前には着ける!』

目的地はここから真東の森の奥だ。

傾き掛けた陽の光を背に、視線は空へと。

靴底についたままの土をも無視して、地面を強く蹴り、この身を目的地へと向けた。



感想、要望、質問なんでも感謝します!


賢しい謀略の歯車が動き出す前に、今必要なのは迅速な行動。


次回もお楽しみに!

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