273話 板挟みの訪問者
273話目投稿します。
地震によって扱いが困難な情勢。
その中で齎された想いは決死の覚悟で紡がれた物。
復興作業が進む町、エディノームに珍しくまた、緊張感を生む客が訪れた。
外壁の修繕の傍ら警護にあたっていた兵士からの連絡が私の元…今日は東区画の農地で野菜の収穫を手伝っていたのだが…そこに伝令兵が到着したのが半時ほど前。
作業を切り上げ、急ぎ自室に戻り、ある程度の身支度を済ませる。
部屋では相変わらず万全の体調ではないヘルトが仕事を熟していたが、彼女も報せを聞いて…というより、伝令兵が最初に話を伝えたのが彼女なのだろう。
私の元に来た際にも、ヘルトから居場所を聞いたと言っていた。
『…ヘルト、応接室まで行ける?』
「ええ、もう随分と回復してきてますので。」
着替えつつヘルトの体調を聞いてみたが、今回の出来事としては、彼女が一緒に対応してくれるのはとても助かる。
何故ならば、町に近付く客人を発見したのは、南側の防壁にあたっていた兵士だったからだ。
『何も考えずに予想するとしたら、地震の救援要請…ってとこだろうけど、どうかな?』
「少なくともお客様…この場合は使者と言った方がいいでしょう。本人にはエディノームを害する意識は無いのは間違いないでしょう。」
応接室移動する最中、急ぎ交わしたヘルトとのやり取り。
今現在、セルストを筆頭に侵攻となった戦は、私たち王国側の者としては割り切れない部分はあるものの、明確な争い事に直面している状況ではない。
だが交流があるわけでもなく、セルスト本人と国王であるラグリアの間で何らかのやり取りがされたわけでもない。
あくまで一方的で、且つほぼ口約束といった程度の取り決めしかできていないのだ。
その最中、敵意を持った者はそう簡単に抜ける事ができないはずの結界を抜けてこの町に辿り着いた使者。
ヘルトが言ったのはそういう意味合いも含めての事だ。
『いずれにせよ、このまま放っておく事もできないし…』
話を聞かない事には何もわからないし何もできない。
頷くヘルトと共に、応接室の扉を開いた。
通された応接室で、寄る辺ない様子の…青年…私と同じか、その雰囲気だけ見れば私よりも少し若いだろうか?
まず最初に応接室に姿を見せたヘルトを見てその表情が少し和らぐのが解る。
私には違いが解らないが、南方出身であれば同郷かそれに近い出身者というのは何となくでも解ったりするのだろうか?
続いて入室した私を視界に納めてからは、はっきりと解る程の緊張がその背中に浮ぶ。
『初めまして。私はフィル、フィル=スタット。一応…この町の町長?…いや違うな…何だろ?ヘルト。』
「解りやすく言えば、町長で間違いないのでは?」と前置きを入れてから青年に向き直る。
「初めまして、私はヘルトフィア=ヴィルゲイム。恐らくご存じだと思いますが、そちら、スナントの長、セルスト=ヴィルゲイムの実妹にあたります。」
やはり、とその顔が語る。
「この状況下、不躾で突然の訪問となってしまって申し訳ありません。」
この言葉だけで、少なくとも彼自身は、王国とスナントの状況を把握しているのが解る。
「俺…いや自分は、スナントから北西、ヴィンストルという町に住むカザッカといいます。」
礼儀正しく自己紹介された青年に、こちらから手を差し出す。
心を読める、何てことは無いが、触れる手で感じられる事もあるのだ。私にとっては。
何にせよ話をする為に訪れた客人を無碍に扱う事など私のやり方には無い。
戸惑いながらも彼は私の手を取ってくれた。
ならばまずは安心してもらうのが何より大事だ。
カザッカと名乗る青年。
健康的な褐色肌は、私たちが暮らす地域よりも暑いところで暮らしていたからだろうか、それとも彼もまた何らかの亜人の血を引いていたりするのだろうか?
『えっと…カザッカさん。多分聞くまでもないとは思うのだけれど、今がどういう状況かは分かっていますか?』
「フィル様、俺…いや自分の事はカザッカと呼び捨てて頂いてだいじょ…結構ですので。」
わざわざ言い直すその言葉遣いについつい笑ってしまう。
『ふふ…無理して慣れない言葉使わなくてもいいよ?。私もあんまり得意じゃないの。』
自分の口元に指を添えて伝えると、キョトンとした表情を経て、彼も笑う。
「ありがとう。助かる。」
と、背負った緊張が薄れるのがよく分かる答えが返ってきた。
最初の問いに対する彼の答えは聞くまでもなく、当然踏まえた上での訪問であった。
「ヴィンストルは確か、狩猟を糧にする町だと思いますが…」
一先ずの顔合せを終えて、彼がわざわざこの状況下、恐らく彼の町も復興に忙しいはずの中で敢えて友好関係ではない土地に出向いた理由。
ヘルトの記憶にあるその町の印象。
「ええ。俺たちの町は今もその生業で中央の食を支える事で生きている町です。」
『それがこの状況下でどうして私たちの町に?』
説明を頼もうと問うた言葉に、明らかに曇った表情と、少し低くなった声色が彼の気持ちを少しだけ代弁するのが分かる。
自分は町の代表を買って出たものの、町の総意としてもこの行為はスナントという町に渦巻く意志から逸脱している。
傾き次第で町の存続を左右しうる行為なのだ、と言う。
「セルスト様をお助けしたい…俺たちが、町に暮らす皆が敬愛するあの御方を助けて欲しいんです。」
それでも発せられたカザッカの言葉。
そこに出た人名は、私とヘルトの迷いの琴線を揺らすには十分な名だった。
「どういう事ですか?」
私よりも前のめりになったのはヘルトだ。
当たり前だ。
恐らく最後に会ったのは、王都近隣の草原。
石化した彼女に治療を施し、スナントに戻って以降、私も会っていない。
当然安易に出向くわけにはいかず、出来ず、彼女からしてみれば、命を救ってくれた、しかも実の兄だ。
会いたいに決まっている。
「俺たちの町から少し離れた所に、古い石造りの町並みがあるんだけど…」
その言葉に反応したのは私の方だ。
『石造り?』
「昔っからある場所で、ちっさい頃の遊び場でもあったんだけど、町の仕来りで最奥には絶対入っちゃいけないって言われてて…」
ああ、そうか…間違いない。
カザッカから全ての内容を聞かなくても分かった。
その石造りの町がどういう物なのか。
『ちょっと待っててくれる?』
急ぎ席を立ち、自室に走る。
確証を得るために必要なモノは二つ。
自室のテーブルに拡げたままにしている地図と、部屋に置いてきた私の装備品だ。
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