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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第八章 消える星空
276/412

270話 安直の名

270話目投稿します。


町の総数から考えれば、被害は少ない…少ないんだ。

「軽傷多数、重傷者は30数名程で今現在は町中の治癒士または治癒補士が治療にあたっています。」

地震は収まり、避難も何とか形として行われ、一旦の落ち着きを取り戻した中、現状の確認を兼ねて自室、執務室でリアンからの報告を受けている。

『施設は使われてる?』

「ええ、幸いと言うには安に喜べませんがある程度の形が出来上がっていたのはせめてもの救いと言ったところでしょう。」

先日、専門家不在とはいえ建築されたこの町唯一の医療設備…設備といえる程の物が設けられているわけではないが、怪我人を集約できている点においては功を奏したと言える。

『安否確認は?』

「中央広場に受付口を開いてます。今のところ行方不明と言った報告はありませんね。」


この町は王都と地方三都市から作業者、軍人とその家族が集まって構築された都市だ。

不特定に外部からの入植者が来たという話も殆どないので、所謂近場に暮らすのは大体が顔見知り。

今回のような状況ではそれが良い結果、近隣の住人安否にも気を配れる事に繋がった。


「フィル様、お伝えすべき事はまだあります。」

少し声色を落としたリアン。

その内容は予想して居なかったわけではないが、出来れば有って欲しくない事。

頷きだけで続く言葉を促す。

「死者は…軍属で避難救助にあたっていた者が3名、作業中に巻き込まれた者が1名です。」

これもまた喜ぶべきではないが、命を落とした軍人が救助にあたっていた住民は無事だという。

少なくとも賭けた命の甲斐はあったのだ、とせめてもの冥福を祈りたい。

『亡くなった者の家族は居る?』

一人目は正に己の家族を助ける最中、二人目は逃げ遅れた女性を倒壊から庇い外からの救助前に、三人目は私も近くに居た火災現場で焼け落ちた。

『作業員って?』


「フィル…」

軍人以外の被害者。

未だ継続的に開発が進められていたのは河川工事。

すでにその進捗状況は結界の外まで伸びていて、私の感知を外れたところで起きた。

リアンと別の声、野太い声で名を呼ばれ、部屋の入口に振り向いた先、グリオスの姿が見え、その手には革の帽子…見覚えがあるソレはこの町で作られた物で、軽い上に耐久度も高く、作業員、特に土を掘り進むのを得意とするコボルト族や削岩に特性を発揮するジャイアントらに人気がある一品だ。


本来であれば薄茶色の帽子は、コボルト族の毛色とも近く、遠目で見れば有無がわからない程に似合っているな、と…良く知っているコボルトの姿を思い出せるのだが、グリオスの手に握られたソレは、濃い茶色、それが犠牲者の遺品、その血に染まっているのが言われずとも理解できる。

「…犠牲者に家族は居ませんが…フィル様…」

強いて言えば、とその名を告げた。

「ワシが急いでおれば助かったやもしれん…すまん!!」

心から詫びるようなグリオスの様子。

『うそ…』


河川工事は土の掘削と岩の除去を交互に、其々コボルトが土を掘り、岩が多くなればジャイアントが削岩を、と言った流れで行っていたらしい。

土に囲まれた程度であれば地震で埋もれてもこんな事にはならなかったはずで、運悪く作業が切り替わりとなる段階での惨状。

本人も誰の目にも入らない中でというわけではなかった。

脱出を試みてはいたが、押し寄せる岩の間に呑まれ、その身に無数の岩に拠って潰される事になってしまったのだ、と。

勿論、同じ現場にいたジャイアントの作業員も、足元が覚束ない中で彼の体を襲う岩塊に精一杯拳を、鶴嘴を奮ったのだ。

それでも助けだした時にはその体は絶望的な程に傷を負った後だった、と。

「アヤツ以外のコボルト族の被害者はでておらん…」

この町の指導者である私の、その従者として、身を挺して他の者を護ったのだとグリオスは言う。


その手から血染めの革帽子を受け取り、その温もりを確かめる。


そうか…あの時、地震が収まった後でも私の視界が揺れ続けていた感覚…。

…カイルがはっきりと、師の行方を聞かなかった理由。

私にも分かったよ。

『ノーム…こんなの余りにも呆気なさすぎるじゃない…。』

もっと見せてあげたい世界があった。

共に過ごせる時間はまだまだ沢山あるんだって思ってた。

もう、あのフサフサな毛並みに顔を埋める事も出来ない。

無邪気な好奇心に笑う事も、尋常じゃない鼾に苦笑する事も出来ない。

『う…うぅ…』

胸元に握りしめた遺品を抱き、膝が折れる。

『ゴメン…ゴメンね…』




ふぃる…ナイタラだめ。おれ、ふぃるトイツモイッショ。

イマハモットダイジアルゾ?




抱きしめた革帽子からか、はたまた残された絆の欠片か、無邪気な声が聞こえた。

そんな気がした。

『グリオス様、貴方のせいではありません…それに今はまだ悲しみに足を止めるべきじゃない。』

そうだ。

ノームが言うようにこの町だけで終わって良い話じゃない。

『グリオス様も気にすべき事があるのでは?』

「う、うむ…オスタング、よもやあの町が倒壊するとは思えんが、この町の状況を見れば平気とも思えん。」

王国内の統治体制が大きく変化したとしても、かの町の指導者は住民たちにとっては変わらずグリオスのままだ。

我が子と言っても過言ではない町そのものを心配していないわけがないのだ。

『配下の兵と治療士を預けます。マリーさんと共に急ぎオスタングに戻ってください。皆を安心させる為にも…お願いします。』

多くを語らず、短い返事と共にグリオスは部屋を後にした。

避難民として希望があるなら、連れ帰って来る事も伝えておいた。

『リアンさん、ガラティアにも同じ様に伝えてもらっていいかな?、貴方も望むなら…』

リアン本人も、今現在、家族は王都に暮らしていると聞いては居たが、出身は西方ヴェスタリスと王都の間、海路の補給地とされる漁村だ。そちらも心配に違いない。

「わかりました…まだ揺れが起こるかもしれません、くれぐれも…」

『うん。ありがとう。』


リアンが部屋を出たのを見届けて、私はベッドに顔を埋めた。

耐えていた嗚咽の声を隠すのに、ベッドの柔らかさは十分過ぎる程に口を塞ぐことが出来た。




こうして私の傍に居て、色々と助けてくれていた人たちの殆どはこの町から王都の各地へと被害の調査、救援活動に向かう算段となった。

この町そのものもまだ大変な状況に変わりはないが、だからといって優秀な人材の多くをこの場に、この町の為だけに従事させるわけには行かない。

なぜならこの町は、王都の、王国の護りの要として計画され誕生した町なのだから。


『町の名前…』


王国エデルティアを護るための要。

そして完成を見ること叶わず言葉通り、この町の礎となった私の初めての従者。


『エディノーム』

安直過ぎると笑われてしまうだろうか?

どう思う?


オレ、ウレシイ!


まだ胸元に抱えたままの革帽子が私の問いかけに応えるかのように揺れたような、そんな気がしたんだ。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


軽い気持ちなわけがない。

今はただ、そこに馳せる余力がないだけ。


次回もお楽しみに!

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