266話 現実の問題
266話目投稿します。
心配事は多くあったとして、日々の仕事がなくなるわけじゃない。
町から少し離れた湖の底、普通のソレとは違って歩くことの出来る不思議な湖底。
そこに外部からの衝撃や不慮の事故といったモノから安全を確保する為に安置した石像。
セルストがスナントに戻ったその日、私は数名の衛兵を連れて、その回収に向かった。
兵舎に伝えに行った際に運良くその場に、見知った顔ギリアムの姿もあり、夜間警備明けだというのにも関わらず是非自分も同行させて欲しいと言うのだから、まぁ断る理由もなく、出発まで少し休むように、とだけ条件を付けての同行を許可した。
「セルスト卿が来た時より色味が回復している気がします。」
彼と共に…彼以外の兵も当然いるわけだが、湖底に安置された石像、ヘルトの下へと辿り着く。
知らされてからこっち率先して警護担当に就いていたという彼は普段からその冷たく固まった表情を目にしていたのだ。
その彼が言うのであれば間違いや気の所為では無いだろう。
私にとっても嬉しい事でもある。
『早く戻るといいね。無事に回復したら、何ていう?』
「え…えっと…今はまだわかりません…でも自分を庇っての事なので…お礼を言わなきゃ、と。」
『そうだね。でも、何で彼女がキミに内緒にしてたかってのを少し考えてみた方がいいかもしれないよ?』
「内緒の理由…ですか…。」
私もはっきりと理由を聞いたわけじゃないけれど、何等かのお礼を述べるとしてその理由を考えてヘルトが喜ぶ顔が見れればいいな、と思ったのだ。
『じゃあ、皆さん、くれぐれも慎重にお願いします。』
そもそもここに安置したのはセルスト率いるスナントの侵攻を憂慮しての事だったのだが、今となってはその脅威も薄れているし、ここは何より町の結界の外だ。
今ならここより、私の自室に近い彼女の部屋に戻す方が安心できる。
町に戻り、予定通りヘルトの部屋にその体を安置し、しばらくの間、この部屋の警護を任務としてギリアムに与えた。
『さて…』
取り急ぎその安全は確保された、と一安心もそこそこに、私は少しばかりの不安に駆られる事になっている。
セルストが彼女の元を訪れ、私たちとの情報交換を行った数日前、リアンと交わした話、そしてスナントの現状、エル姉から齎された情報と、リアンの分析、私の嫌な予感。
あの男の事だから、そう簡単に脅威に陥る事は無いと思うのだが…。
『魂を半分分け与えた…としたら…』
私が戦った彼とどれくらいの違いがあるのだろうか?
わざわざ他者に易々と話すとも思えないが、それが知られたとして、スナントに少なからず存在するただ単に争いや力、権力を欲する者にとって、大きな好機となるのではないか?
しかし、それが強い心配、不安として私の頭を占めたとして、何ができる?
もし、セルストの地位をつけ狙うような者が居たとして、それが叶った後に起こるのは先の侵攻と同様のモノと大して違わない事が起こる。
そしてその対象、一番の標的となっておかしくないのが私だ。
そんな私が今、セルストが心配だとスナントに行ったとしたらどうなる?
私だってそう簡単に誰かの手で命の危険に追いやられるような事は無いとは思うが、そんな事が起これば、王国側としても、スナント側としても明確な戦の理由になりかねない。
「お悩みですね。」
執務机に就いて、真面目な顔で書類に目を通しながらも、そんな心配事が頭を占めている。
手伝いとして就いてくれているリアンにはそんな悩みは丸裸と同然で、進まない仕事に一息を、と声をリアン。
その手には相変わらず察し良く、落ち着く香りが発つ紅茶のカップが握られていた。
「貴女という人は本当に…」
自分の心配より他人の心配を優先するのは悪い癖だ、と溜息を付かれた。
『流石に私が出向くのは問題でしょう?』
「まぁ、危険は必ず、と言ったところですが、何よりフィル様、エルから叱られますよ?、それもかなり念入りに。」
万が一にでも、こっそり行ったとしたら説教の席に自分も加わる事になる、と付け加える。
「エルさんだけじゃありませんよ?私も怒ります。」
言いながら姿を見せたのはマリー。
「気晴らしに…というわけではないのですが…」
何か別の話題を、と訪れたらしいマリー。
その口から出た気分転換の話題は、確かにセルストに対する心配から離れる事は出来たのだが…。
「医療設備と研究所のような施設が必要かもしれませんね。」
『…う。また頭が痛くなるような話題だわ…』
先の戦で出た負傷者は幸いな事に今尚、命に関わるような状態に陥る者は居なかった。
この町に戻ることができた者に関してではあるが…。
『造るのは私も賛成したい所だけど、例えば医療設備を造ったとしてそこに招けるような人は居る?』
治癒技術に明るい知人は残念ながら私には居ない。
精々故郷の薬師程度しか思い浮かばない。
それでも居ないよりはマシなのだろうが…。
「知識として、で言えば心当たりが無いわけではないのですが…」
と付け加えるマリーだったが、その人物は彼女的に、性格に難ありと言う事だ。
「でもまぁ、あの子なら研究施設も附随すれば喜んで来ると思いますよ?」
あの子…マリーが「あの子」と呼ぶのは聞いた覚えがある。
『あ…もしかして…』
私の頭に浮かんだ顔と、マリーが言う「あの子」
もし同一人物だとして、確かに性格に難ありと言えなくはないが、そもそもあの人、ロニーは古代史の研究者ではなかったか?
まぁ、姉が言うなら間違いではないのだろうが…。
『ホントにこの町、私の知り合いばっかり集まってくるなぁ…』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
新施設、医療研究所。まず必要なのはその主か?
次回もお楽しみに!