264話 眠らない予感
264話目投稿します。
唐突に湧き上がる不安と予感。
いつだって最善を尽くせ、後悔が生まれないうちに。
『………』
眠れない。
理由は分かりきってる。
あの話の場で直接触れるような事はなかったし、あの子の特殊な力を目の当たりにした者もそれ程多いわけではない。
不思議な子。
イヴの存在はこうして改めて考えても掴み所が無い。
初めて出会ったのは私やカイルが初めて故郷を出た旅程の中だった。
キュリオシティで出会った白い少女、それが彼女を形容する最初の印象。
王都までの短い旅を共に過ごし、今も尚、あの屋敷に身を留めている。
私の従姉弟であるオーレンとも仲が良く、彼が傍に居てくれることが何より年相応の暮らしと安堵を私にもたらしてくれる。
少女の異常性…その特別な力を目の当たりにしたのは王都で開かれた領主会談、その夜の出来事。
幸いな事に多くの目に触れる事もなく、大事にならなかったわけだが、それを見てしまったからこそ、少女への心配と、自分の傍に置いておけないもどかしさ、相反する気持ちを抱える事となったのを覚えている。
もう数年前…という事になるが、東の地に初めて訪れた時、彼女の我儘によって半ば強引にあの場に遭遇する事となったのだが、逆に彼女の存在がなければ恐らく私の命はとうの昔に尽きていただろうし、オスタングの平和が保たれているとも言える。
セルストの話、ベリズ、そしてイヴがその身に納めたあの影。
あれがセルストの言うところの器からの溢れ出た力だというなら、イヴはソレを喰らい鎮める力を持つ存在に他ならない。
東の地での一件の後、私はしばらくこの世界とは別の世界…厳密には未来の世界で過ごした。
こちらの世界に戻って来る際、影…あちらの世界では闇属性の魔法として認知されていたソレを利用して時間の壁を乗り越えてきたわけだが、あの力は器から溢れたといった代物ではなかった。
王城で見たモノ、ベリズから溢れたモノ、その見た目が私にとっての恐怖を呼び起こす対象となっていた為か、どうしても暗い感情を消し去ることは出来なかった。
アレが同じモノだとしたら、いつか訪れる未来でその力すら制御する事が可能なのだろうか?
『いや…でも…』
両手で頭を抱え首を振った。
少しだけ、ホンの少しだけ頭に過った光景を望んではいけない。
何故なら、ソコに行き着く為には間違いなく、イヴがその力の一端として扱われる事に他ならない。
研究の題材として、実験の装置として…。
遠い未来で出会った姉妹の姿と、イヴの姿が重なった。
『駄目だ…駄目だ!』
もう二度と、あんな事はさせない!
同時に、嫌な予感と想像が頭を過る。
王都…ラグリアの存在、あちらの世界でグリムと名乗っていた男の顔…巨大な魔法陣とも感じられた上層、残してきたイヴ。
『…リアンさん』
名を呼んで数秒後、扉の向こうに現れた気配。
「ここに。」
静かに開かれた扉からリアンが姿を見せた。
『頼みたい事があるんだけど…』
「承知しました。すぐにでもマグゼ婆に報せを送ります。」
端的に、必要な事だけを伝え、対応を求めた。
キョウカイは、そこに類する者たちは叔父の配下だった者たちだ。
まだ全てを把握しきれてはいないが、少なくとも王国の意志、威光に左右されるような組織ではないはずだ。
「フィル様、頼っていただいて嬉しいですよ。」
退室の直前にリアンはそう言って微笑んだ。
悲しいかな、旅に出てから今まで、私の嫌な予感は大体に於いて近いところに触れる事が多い。
打てる手があるなら後悔はしたくない。
『ふ、わぁ…』
眠い。
あれやこれやと眠れぬ中で考えつつも、やはり体は正直なもので足りない睡眠が欠伸に変わってもそう簡単に解消されることはない。
「さて、今日はあの湖底にあったモノについて、なのだが…真面目に聞く気はあるのか?」
『スイマセン…昨日の話で考えてたら眠れなくなっちゃって…』
ヤレヤレと誰にでも分かるように呆れた素振りを見せるセルスト。
気のせいか、昨日より少しその威圧感も和らいでいるような感じもする。
こちらの饗しがどういったモノだったかは知らないが機嫌は悪くなさそうだ。
『湖底…遺跡の事ですよね?』
眠気を我慢しつつ、セルストが口にした今日の話題を促す。
「生憎と俺自身はアレに触れたことはない。目にした事もそれ程多くはない。あくまで知識としてのモノだけだ。」
そう言いながら自分のこめかみをトントンと指先で突付く。
「貴様は…それなりに触れてきたようだな?、そちらの情報も新しい何かを掴む手掛かりになるかもしれんな?」
『始めましょう。』
昨日と同じ面々の顔を順に確認し、頷きあい知識の摺合せが再開される。
昨日の話題と異なり、今日は私たちの間に置かれたテーブルにこの国の全貌が記された地図が広げられた。
始まりは、私の故郷。
北方、ノーザン山脈、この国でも一二を争う標高を誇る山を越えた先に広がる北の町、ノザンリィでの発見。
私にとって旅の切っ掛け、それは己の中に在るナニカを求める知識欲を生み出した遺跡の存在だった。
地図に記された円が故郷を囲む。
「…アインがこれに気付いていたか、今は知る由もない、か。」
呟いたのはセルストだ。
己の手でその命を奪った事実は変わる事はない。
その口から叔父の名が発せられるのは、少々私には堪える。
少し震える右手を左手で抑え、口元を締める。
いつもの調子ならグリオスかガラティア辺りが嫌味の一つでも言いそうな物だが、私の様子、表情から察したのだろう。
セルストを含め、場が静まった。
『叔父は気づいてなかったと思う。』
「ふむ…」
『でも、この発見が私だけじゃなく旅の切っ掛けになったのは多分
間違いじゃない。』
ノザンリィで見つかった遺跡を発端として、私が叔父に示された旅の目的地。
それが叔父が知り得ていた遺跡を巡る物だった。
きっとこの旅の終わりに自分が知り得なかった謎と、私の中にある特別な力の正体を、その知識に加えるため。
叔父の欲がソコに在った。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
叔父の欲に示された旅の始まり、そして巡った場所で出会った者たちが今集っている。
次回もお楽しみに!