263話 器から溢れる世界
263話目投稿します。
世界のカタチを語る記憶。
呼び起こされる同じモノ。
この世界に存在しているモノ、生命、陽の光、風、雨、雷といった自然現象は全て一定の力を宿している。
いわゆる森羅万象の概念。
大気に満ちる魔力の源もまたその一つ。
それらは互いの干渉の中で調和を取り刻々と時の流れを進んでいる。
「例えば貴様たちはこの町に河川を敷こうとしているが、その影響について考えた
事はあるか?」
この場に集まった者たちの顔を一人ひとり見回す。
「それは草木に対する水の枯渇を招くといった話でしょうか?」
問いかけに対して確認を要したのはマリー。
彼女だけ、というわけではないが、河川敷設の計画はこの町を作るに中って後々の繁栄、存続にあたるところでも在り、ここに町を作る計画の段階で練られた部分でもある。
「わかり易いところでいえばそうなるな。勿論考え無しにやっているわけではなかろうし、今はそれの良し悪しを問う意味ではない。」
自然から生まれた元の河を開墾、開拓、掘削すると言った人の手は、互いに調和をとる森羅万象の枠組みから外れている行為だ、とセルストは語る。
「調和が取れていれば自然というものは平凡そのもので滅多な事では災害など起こりはしない。」
「ってぇと、作った河が氾濫するかもしれない、とかそういう事か?」
災害の例を上げたガラティア。
事、水難が起これば彼女の経験や知識、その力は大いに活躍するに違いない。
「一概に起こるとも、それが氾濫とも言い切れないがな。」
「じゃあ水害になったところでそれが河川工事が原因とも言えねぇじゃんか。」
ガラティアの反論は強ち間違っている訳でもないのだが、セルストはそんな事も意に介さず続ける。
「グリオス卿、貴公は未だにオスト山脈の鉱山を止めてはおらんのだろう?」
「ここに必要な資源でもあるからな。今も東に暮らす者たちにとっては生きるための糧でもあるのだ。」
「だろうな?、だかソレがオスト山脈の命を削っていると考えた事はあるか?」
『山の命?』
反芻した私に対して頷く。
「俗に言えば、鉱石資源が尽きたらどうする?、山の命が尽きればその下に蠢く熱を留める事は出来なくなるぞ?」
セルストが言っているのは人の生活などといった点とは異なる部分。
『また火山活動が始まると?』
「河の氾濫に比べればより一層わかり易い原因と貴様らにとっての災害だろう?」
そこまで明確に言われては流石にグリオスも反論の言葉を失う。
「人という種…この場合は亜人種も含む意味合いだが、遥か昔から生きてきた中でその欲を糧に繁栄してきた我らが世界にとっての良いモノだと思えるか?、何故かの火竜ベリズが東の地で猛威を振るう事になったのか。」
話題が東の地での事だからか、憤りをその顔に出しつつも冷静にマリーが反論した。
「つい先程、火竜が抑えていた、と言っていたのでは?」
対するセルストも極めて冷静に、目の前に置かれたグラスに、傍に置かれた水差しを傾ける。
注ぎながらマリーに視線を戻し、
「器を超えた水はどうなる?」
その言葉を実例として見せるように、グラスから水を溢れさせ、その光景を見せつけてから水差しを置いた。
「そして、ソレが貴様らに牙を剥いた理由こそが世界の守護者の姿そのものだ。」
私たちはあの時、揺れる火口の間近で暴れる火竜と相対し、その身を鎮めた。
カイルとシロに依る一撃は、その圧倒的な力を留め…
『イヴ…』
「その影、イヴが喰べてあげるよ」
その光景が頭の中に鮮明に浮かんだ。
影…イヴがその身に吸い込む影の正体。
それ程頻繁ではないが、何度か見た中で感じていたのはあくまで意志ある者による負の感情のようなモノと考えていた。
しかし…セルストが語る事が事実、古の遺産と呼ばれる記憶であるなら、私が今まで感じていたモノとは別物…いや、その対象、認識が欠けていた、とでも言うべきか?
セルストは私の中にも彼同様の記憶、知識があるはずだ、と言った。
それが理由かどうかは分からないが、凄い速さで思考が回転するような感覚。
人の想い
負の感情
器から溢れた水
山の命
抑えられなくなった火山
止めた火竜
溢れ出た力
影のカタチ
イヴが喰らうモノの正体は…
『世界の…意思?』
「フィル様?、フィル様!?」
肩を強く揺さぶられ、ハッと我に返る。
少し見回し、心配そうに私を見る皆の目と、今しがた私に巡ったモノに気付いている様子のセルスト。
少し笑みを浮かべて足を組み直し、背凭れに体を預けた。
「大丈夫ですか?お疲れでしたら今日は一旦終わりにしましょうか?」
体力的には全然なところだが、先程から頭の中がぐるぐると回転しているような感覚に攻め立てられ、少しばかり気持ち悪い…。
『う、ん…ゴメン。ちょっと色々聞きすぎて混乱してるのかも…?』
「セルスト卿、今宵はひとまず宿を用意させよう。」
翌日に流された話の場に不満を漏らすでもなく、グリオスの後に続いて部屋を後にした。
後を追うであろうマリーが私をベッドへと促し、
「一先ずゆっくりとお休みください。あのセルスト卿と別の形とは言え相対しているのです…あの方の今宵については私が抜かり無く饗しますので。」
『うん、いつも面倒かけちゃってゴメン。』
いえ、と短く残してマリーも部屋を後にした。
それらしい理由をつけて話の場を区切った。
私の不安はきっと、この先に起こる事を予見したからこそ。
それは記憶と事実と知識が渦のように絡まり、私の頭を掻き乱す。
『巻き込みたくない…それは…叶わない事、なの?…』
イヴがこの先の出来事に否応無しに関わりを持つというなら、彼女だけじゃない、下手すればオーレンや叔母をも巻き込んでしまう事になりかねない。
でも、それは私に…私の力で何とか出来る事なのか?
セルストのように目に見える相手じゃない…。
私が、私は…誰と…何と…
『…戦えばいいの?』
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記憶に翻弄されて混乱する思考。
認めたくない未来だけが瞼を過ぎる。
次回もお楽しみに!