261話 恐怖のお客様
261話目投稿します。
戦が終わったとして、やるべき事もまだまだ尽きる事はない。
「じゃあ…。」
カイルは王都へと向かうべく、見送りに出た町の北口。
付き添いは私の両親。
幸いな事に父も母もセルストと相対した時の傷や疲弊も軽度で助かった。
「フィル。俺たちはそのまま一度ノザンリィに戻る。お前もカイルも戻る暇はないだろうから、ラルゴには俺たちが伝えておくさ。」
王都まではカイルと共に、経由して故郷へ戻る。その後は?
『また来てくれる?』
「ええ、必ず。娘が作った町だもの。いっそあんなボロ臭い家は売っぱらって引っ越してもいいくらい。」
「おいおいー、そりゃねぇだろう?アイナー!」
などと元気そうで何よりだ。
『ふふ…でも私はノザンリィの家も大好きだよ?』
故郷の家の姿を思い浮かべ、その裏手のお気に入りの場所もまた瞼にはっきりと描く事が出来る。
「じゃああっちは別荘にしましょう!」
放っておくといつまでも話が終わらなさそうなので、母の肩に手を添えて振り返らせる。
『待ってるね?、気を付けて。カイルも!』
見送りは一時カイルの保護を担っていたガラティア、東の地で面識のあったマリーとヴェルン、そして私。
ノームも会いたがっていたが、今は自分の仕事を優先してくれた。
『カイル、出来ればあっちの作業場に寄ってでノームに顔見せてあげて?』
「ああ、分かった。」
後ろ手に大きく手を振りながら、3人は町を後にした。
「そうだ、フィル!、俺が戻ったら町の名前、聞かせてくれよな!」
思い出したように大声を上げるその姿に、微笑みと、送り出す手で返事をした。
町に残った私たちも、一先ずの終戦となったからと言ってのんびり出来る訳でもない。
明確な条約が交わされたわけでもなく、多少緩んだとはいえ、緊張感が解消されている訳でもない。
「それについては様子見するしかないでしょう。」
「しばらくはワシらも警戒はしておく。」
この会議室もしばらくはお役御免となれば良いのだけれど…。
「フィル様はどうお考えなのですか?」
一旦自室に戻った私に問うたのはリアンだ。
彼が言うには、エル姉は今も南方への警戒としてその様子を探ってくれているらしい。
『エル姉から何か入ってる?』
リアンの持っている書類をチラリと伺うが随分と汚い字の羅列がされていて、残念ながら私には読めそうにない。
しかし、流石に付き合いが長いのか、特段詰まる様子も無く報告書と思しきものを読み上げるリアン。
「どうやらセルスト卿本人には今のところ出兵の意思はないようですね。」
『うん。私もそれについてはあまり心配してないんだけど…』
「ええ。恐らくフィル様が気にかけているところ…アタリかもしれません。」
セルストの暴力的な程の圧。
それはそのまま南方に生きる者たちの総意と言っても過言ではなかった。
先日までの彼の攻撃的な印象。
そこに惹かれて従う者が多かったのはそもそも戦や争い事を好む者が多かった事と比例する。
『でも今はあの人の攻撃性が削がれた。』
彼本人に惹かれている者と違って、彼の攻撃性に惹かれていた者も多く、気にかかるのは後者。
決して彼自身がその強さを失った訳では無いが、あの性格からするとそういった者たちを留め置くような光景も想像できないところが何とも言えない点。
そして、この町、私たちは争いを望む者たちにとって間違いなく恰好の的だ。
「エルも同様にその点を探っているようですね。例えば先のカジャ将軍のような強い意志と統率力を備えた者の存在。それが眠れる竜を喰らうか否か…」
『次から次に休む暇もないね…』
「おや、フィル様は先日休暇を取られたのでは?」
『む…』
アレは休暇と言えるのか?
『まぁ…のんびりする理由も特に無いんだけどね。』
「もし挙兵に及ぶ者がいるとすれば…?」
再度のリアンの問い。
『私は受け継いだんだよ。皆が笑っていられる町、国を護るための剣を。』
「承知しました。」
数日後、私は町から少し離れた森へと訪れる。
ノームの手に依って作られた地下へと続く穴。
以前はただの穴でしかなかった入口は町から派遣された職人の手でしっかりと作り込まれ、すでにただの穴ではなく、しっかりとした坑道、そしてその入口となる建屋には警備の兵も常駐する形になっている。
『…奇遇だね。』
交代で警備にあたる兵士だが、今日の当番には見覚えがある者だった。
「フィル様!?」
『ギリアム、何だかんだで久しぶりってところかな?』
2人の警備のうちの1人、個人的意見としては優秀なのだがまだ新兵の雰囲気から抜け出せない若者。
もう一人の兵に一旦預けて彼とのやり取り。
『ゴメンね。ちゃんと話す時間も作れなくて…』
「いえ…今となってはフィル様の御厚意と思えるようになりましたので。」
彼にはこの坑道の先に眠る者について触れぬように手を打っていた。
戦の場で彼が存分に力を発揮して、命を失う事が無いように、と。
それは眠っている者との約束でもあった。
直近に迫っていた危機を脱した今は、彼にも眠り姫を起こすために力を貸してほしいという意味合いも込めて直接ではなかったが事の次第を伝えてもらったのだ。
「自分も結界構築の警護についていたのです。我ながら…ですが、事前に知っていればそれすらもこなせてなかった。」
『そう言ってくれると助かるよ。でも…』
「ええ。自分に出来ることならどんな事でも!」
ガシャ!っと武具を鳴らして敬礼する新兵。
こういった想いはきっと良い方に傾く理由の一つになってくれる。
「…会わせたい者とはこの小僧なのか?」
『違うよ。』
私から少し遅れて到着した男。
その姿を見た新兵は激しく動揺して、腰を抜かしてしまった。
「せ、せ、せ!…」
『ギリアム君?一応お客様って事だから、しっかりね?』
新兵には荷が重すぎる相手。
恐らくは恐怖が大きいだろうが、そこはまぁ…彼の想いに頑張ってもらう事にする。
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一人の帰還は果たされ、次へと向かう始まりの邂逅。
次回もお楽しみに!