260話 睡魔に任せた
260話目投稿します。
会話だけで追いつける時間は限られている。
『カイル。日が昇ったら王都に向かってほしい。』
というのも、この馬鹿は目覚めて動けるようになった途端、西の海底洞窟からほぼ一直線に私のところに駆け付けたのだ、という。
「なんつーかな、お前が助けを待ってるような気がした。」
どうしてそうしたのかと問えばこれまた直感染みた返答。
取り急ぎ幸いな事にこの町でカイルを知っている者は多く、突然現れた若造に対しても特段困るような事は今のところはなさそうだ。
とはいえ、カイルを今まで保護してくれていた西方の兵士と、土地の研究員にも禄に挨拶もせずに飛び出したというし、王都で心配している者たちもそっちのけでこちらに駆け付けたのであれば、カイルの帰還を待ち望む人たちを無碍には出来ない。
恐らく叔母や甥、そして妹のような少女はカイルの現状を知る由もないだろう。
「まあ…そりゃいいんだけどさ。」
今離れて大丈夫なのか?と、やはり相変わらずこちらの心配が強いようだ。
気持ちはまぁ分からなくもない。
本人に自覚がない眠りの時間から目覚めてみれば、国の内情は大きく変わり、幼馴染、つまり私の事だが、今となっては町を一つ任される程の立場になっているのだから彼自身にも測りかねるところは大きいのだろう。
それはそれとして、今カイルが王都に戻り、その姿を見せる事で幾人とはいえ心配事を減らし、喜びの表情に変えれる事は間違いない。
『叔母様やオーレン、イヴ…それにまぁ、いずれここに来るんだろうけど、パーシィやロニーさん、ノプス所長もきっと会えば喜んでくれるはずだから。』
「そっか…そうだよな。俺、皆にいっぱい心配?かけてた…んだよな。」
そもそもカイルにはその感覚が薄い。
本人からすればただ眠っていた事と大差なく、時間の経過もまた言葉の上でしか分かっては居ない。
叔父が居ない事も、己の従者であり師でもあるシロも、もう居ないのだ。
王都に行けば、少なくともその半分は身を以て分かるはずだ。
『アンタも、変わってしまった事をしっかり腹に落とし込みなさい。』
長椅子に寝転がるカイルに掛布を投げつけた。
「っと、何だ?どっかいくのか?」
『ゴメン、先に寝てていいよ。ちょっと残ってる仕事片付けてくる。』
カイルを部屋に残して、私は静まり返った町に出た。
「それで私の部屋に来た、と?」
先程カイルに言ったのは嘘だ。
気付いているかは分からない。
自分でも何でそんな事をしたのか…分からない。
でも確かな事と言えば、この夜をカイルと過ごすのは怖い気がしたんだ。
『ゴメン…なさい…。』
「いえ…そうですね。私たちも少し配慮が足りなかったのかもしれませんね。」
普通なら誰もが寝静まる時間だ。
マリーの部屋を訪れ、扉を開けてくれた本人も寝間着姿だった。
普段は遅くまで仕事なり読書なりで夜更かしをしているはず、それを宛てに逃げ込んだのはアタリだったわけだが…。
『…何ていうか、ただ恥ずかしいってのとは違う気がして。』
招き入れられた部屋で応接用の椅子に促され、用意されたお茶を含む。
「皆、当然のように貴女様に仕えている、けれど少しそれに頼りすぎていたのかもしれませんね。」
常人が持ち得ない力を持っていたとしても、私はまだこの町では若い。
年下と言えばまだ数えるのも苦労しない程度の新兵がいる程度。
「若くして今の立場におられる貴女は間違いなく普通の人とは言えない。その若さも貴女の魅力です。」
『期待って、重たいんですよ…』
自分に、自分なりに出来ることをやってきたつもりで、それはきっとこの先も同じ。
でも故郷を出た頃の私はこんな事になるなんて思ってもみなかった。
今でもこの立場に慣れているなんて言えない。
「セルスト卿の反乱を収めた…という意味ではまたその重みが増してしまうことは間違いないでしょう。でも私たちは貴女の強さも弱さも知っているつもりです。」
カップをテーブルに置き、私を包むように抱きしめてくれるマリー。
「もっと私たちを頼ってくれていいんです。そんな貴女に皆魅かれて、ここまで来たのです。」
立場があっても、自由に生きてほしい。
個人的に、と付け加えられた言葉は少しだけ吐露した不安を和らげてくれた。
「で、何と言い訳を?」
『…仕事してくるって言ってきた…』
ふふっと笑うが、少々嫌な予感も感じる笑みでもある。
「じゃあ、その言い訳を真実にしなくてはいけませんね〜。」
彼女も私同様に自室に執務机を置いていて、その引き出しから書類束を引っ張り出して来たが…。
『えーと…今から?』
「あら?、お仕事、するんですよね?」
『あ、あぅ…』
言い訳が嘘にならないように打ってくれたマリーの一手ではあったが、口裏を合わせてくれるだけで良かったと思いながらも、手に取った書類を眺めながら夜の時間は過ぎていった。
結局、自室に戻ったのは夜明け前。
流石にカイルも長椅子で寝息を上げていたが…。
『ベッド、使えば良かったのに…』
馬鹿だな…と思いながら、寝息を上げるその頬に手を添えた。
「おかえり。」
『起こしちゃったか…ゴメン。』
「謝ってばっかだな。」
『…ゴメン。』
頬に添えられた手に自分の手を重ね、指を絡める。
まだ眠そうな視線と、今にも閉じそうな視線が交わり、引かれた腕に持っていかれる形で私の体がカイルの体に重ねられ、一方の腕が背中に回される。
決して強い力ではないその温もりは、以前と何も変わってはいなかった。
『少し…寝る、ね?』
「ああ。」
恥ずかしさなんて今はいいや。
だって…やっぱり、カイルの腕の中は温かくて安心するんだもの。
そうして私は目を閉じて、睡魔に襲われるままに眠りに身を委ねた。
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大切な事の全てを伝える時間は全然足りていない。
次回もお楽しみに!