256話 相容れぬ力タチ
256話目投稿します。
相対するは底知れぬ巨大な力。
それが望む未来のカタチを知る事はできるのか?
大切に思っていた人の命を目の前で奪われた。
そしてその理由は私の力を引き出す為。
ただただ己が強者と戦いたいという理由だけで。
直接痛みを与えられた方がマシだ。
そして強さがその望みに達するまで繰り返されるという絶望。
そんな事をいつまでも続けさせるわけには行かない。
「観客が舞台に上がるか…いや、遅れて到着した、と言うべきか?」
顔面を殴り飛ばされたはずの男は意にも介さずまるで無傷。
肩についた砂を払う程度の動作。
痛みを感じるのは私の拳だけ…なのだろうか?
『貴方の欲望のためだけに私以外を傷つけるのは、もう絶対にさせない!』
「覚悟…か。いいだろう、精々俺を楽しませてくれ。」
先程突き出した拳をチラリと見る。
まだ少し痛みはあるが、傷は見受けられない。出血も同様だ。
対するセルストもあの一撃程度では振らつかせるどころか僅かな傷すら見て取れない。
打撃はそもそも私が得意とするモノじゃない。
かと言って、刃を放って結果が同様なら、すでに打つ手すらなくなる。
もしセルストが疲弊を隠すことに長けているとすれば彼が倒れるまで何度でも放つことは吝かではない。
「どうした?、こないのか?」
ゆらりと体を揺らしたかと思った瞬間、その姿が視界から消える。
ドスっ!
と重みを帯びた音は私の右後方から、
キシッ、と悲鳴を上げたのはその攻撃を防いだ盾。
「ほう?器用なモノだ。」
続けざまに放たれる拳が三度目で盾を砕く。
これが実在の盾なら次はもう防ぐ事はできない。
『二つで済めばまだ楽だったのに…』
今となっては再び目にすることは出来ないであろうシロの最強技、アレを防いだ時は5つの刃を全て防御に使った。
単純に計算してそこから2本減らした防御。
これで防げたのは何の事はない挨拶程度に振るわれた拳。
その何の事はない攻撃は、盾で防ぐ事は出来ても私の体を後方へと押しやる程の強さを有している。
本気にならずとも、これ以降はもっと威力の高いものになることは目に見えている。
となれば、攻撃を避ける術が必要…だが…
『一瞬で後ろを取られた…』
決して身軽な装いではない。
しかし、音も立てず、見失った直後の間を空けない一撃だった。
そんな事が可能なのか?
周囲は目立つものも特には無い。
隠れる場所、視界を遮るものも含めて。
セルストが立っている場所、その周囲…
「俺を前にして余裕があるのだな?」
ハッと視線を上げた瞬間、私の体が横にそれる。
直前まで私の腕が在った位置を目掛けて振り下ろされた剣は空を斬り、足元の地に剣閃の痕を残した。
セルストの動きだけじゃない。
私自身の体にも何か…違和感のようなモノが起こっている。
何より、反応しきれていない、捉えきれていないはずのセルストの動きが、直感のように視えている。
妙な感覚。
「フフフ…やはり…」
攻撃をすんでのところで避けられ、悔しがるどころか嬉しそうに笑うセルスト。
少なくともここまでの私は彼の欲の対象として十分なところに在るのだろう。
決してその笑みは、私が喜びとして感じるモノとは別物ではあるのだが…
「貴様は楽しいか?」
『そんなわけ、ない!』
同意を求める言葉と共に、突き出される剣を避け、防ぎ、ジリジリと押されながらも何とか耐え凌げている。
ソレに一層の熱を込めるセルストと、自分の体に驚きを隠せない私。
しかし、次第に分かってきた。
預かり知らぬところで回避が出来ている理由は、装具と新しく私に手渡された鎧と、それに反応する私の魔力。
私とセルストの間にある実力の差を僅かでも小さくしてくれているのであれば、ヴェルンには頭が上がらない。
だが、本格的に感謝をするのは今じゃない。
ここから帰れなければ感謝どころか、私という壁がなくなってしまった町は、そこに居る者たちを含めて焦土となってもおかしくない。
今私の目の前に立つ男はそれだけの力とソレをやりかねない厄災そのものだ。
「その邪魔な装備もまた貴様の力…と言えるのかもな。面白い。」
そうして再び私の視界から消える。
『ふっ!』
と腹に力を溜めて、左前方、やや上に三刃を構える。
ギンっ!
とまるで金属がぶつかったような音が響く。
軽く飛び上がったと思ったセルストの姿はすでにソコには無く…
『っく!』
右、横薙ぎ。
腰ほどの高さに振るわれた剣を、後方に体を浮かび上がらせて避ける。
『はぁ…はぁ…』
体力にはそれほど自信はない。
火竜の力を宿して、人間離れした治癒能力を宿していても、そればっかりは日頃からの鍛錬を必要とするようだ。
比べて相手は未だ呼吸乱す様子は微塵もない。
これだけ矢継ぎ早に重たげな剣を振り回しているにも関わらず、だ。
「己に足りないものを知っていながら、その弱みを克服しようともしない。だからこそつけ込まれる。」
ギィん!
と大振りに横薙ぎの一撃が盾諸共私の体を吹き飛ばす。
身を捩り、装具の力で体勢を整え着地。
『私はいつだって、自分が強いなんて思わないよ。貴方とは違う。』
勢いに後退り、巻き上がった砂埃。
先程までの攻撃の波が止まる。
まるで、こちらの呼吸が整うのを待つかのような…そんな気がした。
「ならば何故貴様は人の上に立っている?」
下…多くの者を従える立場に立つ者に課せられる実力、それは時にはセルストが持つような純粋な力なのかもしれない。
『私は弱い…だから一人で全部護れない。けど、だからって何もできないなんて思わないよ。』
一人で出来ない事なら、誰かの力を借りて、それでも足りなければもっと多くを頼れば良い。
『私一人で出来ない事も、大切な人が、皆が居れば、きっと出来る。』
「…貴様とはやはり相容れぬ。力こそが全て!、それなくして何をその手に掴めようか?」
短い会話の時間は終わりを告げ、セルストが腰を落として改めて剣を構える。
これはきっと、今までとは違う一撃だ。
私の命を刈る一撃。
己の考え、価値観と異なる者、自分にとって不要な者を排除するための一撃。
彼の信念を賭けた、そんな一撃を防ぐ事が出来たのなら…その想いに少しでも触れられるのだろうか?
叔父様…ゴメンナサイ。
今、私の目の前に立っている男は、間違いなく仇。
シロ…貴方ならどう思うかな?
最後に託してくれた光景を、伝えることは難しいかもしれない。
『…セルスト卿、一つ、私と賭けをしよう?』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
賭けるのは己の命と、それぞれの未来。
次回もお楽しみに!