253話 記憶の背中
253話目投稿します。
もう随分と昔の記憶に感じられる背中。
疾走る馬上からの高さは、空を飛んでの景色に比べれば当然のように遠くまで見えはしない。
結界を張った後から町を覆う気配は安心を感じられるが、翌々考えてみればこれもまた当然の事。
そもそも包んでいるのが自分自身の力に依るものだ。
中にいる限りは心配する事など今のところは何もありはしまい。
この壁が強固であれば、皆の安心も一層高まるのだろうか?
そうであれば倒れてもやった甲斐があるというものだ。
結界の淵が見えてきた。
といっても目視できるとすれば魔法に関してそれなりの実力を持った者で、縁のない者からすれば何も無い場所に透明な壁がある不思議な光景にしかならないだろうが…。
少なくとも敵意があるものはここを通ることは出来ない。
マリーと話し合った結界の構築、そこにに唯一課した制限がソレにあたる。
彼女の教えてくれた事によれば、結界を構築する際に付与する制限は、単純であればあるほどにその対象とする幅が広く大雑把な程にその効果は弱くなるという。
逆に、特定の誰かを対象にするならほぼ完全に効果を及ぼせるらしい。
この結界で言えば、敵意を持つモノ。それは町を害成すという意味合いで固定され、人であろうと野獣、魔獣の類い、自然災害までも防ぐ壁となるものの、壁の耐久力を越えてしまえば効果は一切なくなる。
掛けた制限からくる強度を補うために、私の体を糧とした触媒を多く使う必要があった。
結界の起点である私が感じる限りだと、強度としては満足いくものになっていると思う。
何となくだけど、町を覆う程度の規模の竜巻なら問題なく防げるのではないだろうか?
無論、指し当たっての今に必要な防衛力がその程度で満たされるとは思わないが。
結界を抜ける手前、開けた場所に集う王国軍の武僧兵隊、後方には魔術師隊が布陣している。
更にその後方に設けられた簡易的な拠点、すでにマリーとガラティア、そしてエル姉の三傑が作戦会議を行っているようだった。
「おう、フィル。やっと来たな?」
拳をパンッと合わせ、目前に迫る敵軍との衝突を心待ちにしているかのようなガラティア。
ある意味彼女は、セルストと近いのかもしれない。
ただ明らかな違いは、命のやり取りと理解しながらもその一線を容易く超えられるか否か。
戦いにおける情けや手加減は、時として己の身を滅ぼす原因となりうるかもしれないが、私はガラティアの考えの方が好きだ。
もし、セルストと相対して、彼に勝てたとしても、きっと彼の命を奪う、トドメを挿す事は出来ないのではないか、と思ってしまう。
私が奪った命、私のせいで失われた命、その両方ともにこの先もずっと記憶から消える事はない。
中でも明らかな敵意を私に向けて、この手で摘み取った無骨な敵将。
彼に伝えた私の想いの根は今も、この先もきっと変わらない。
「幸いな事に今前面に布陣された中に卿の姿は見えません。」
置かれたテーブルの上には町の会議室で見たものと同様の地図が広げられている。
この拠点、両軍の配置、敵軍の拠点。
この三点が一直線に並ぶ形で、それに類する駒が置かれている。
「おう、ちょっと邪魔するぞ!、おっ、フィル、来てたんだな?」
天幕の中に姿を見せたのは、戦闘間近の緊迫感からは程遠い雰囲気の、伝説の冒険者とまで言われた男、私の父、ジョン=スタット。
「体はもう平気か?、ってのもあるんだが、念の為一つ報告しときたくてな。」
父の報告は、むしろ頼み事に近い物だった。
「南の大将は強いやつと戦いたいんだろう?」
俺もたまには娘に良いところを見せたくてな、なんてこの状況で気軽に言えるような事ではない台詞を吐いた。
『ちょっ、ちょっと、お父さん!』
手のひらで私の反論を遮り、地図に指を落とす。
「そちらさんは予定通り正面から行ってくれて構わんさ。ただ…」
自分は単身、側面から敵の拠点に向かう、と言う。
確かに父の実力は先の手合わせで十二分なモノを見せられた。
多分、あの男と張り合えるとしたら、こちらには父以上の者は居ないだろう。
でも…。
「フィル。お前の不安は分かる。だがしっかり考えろ。」
今の私は、彼の子である前にこの軍の大将。
セルストが私との戦いを望んでいたとしても、おいそれとそれに応えるのは大将としては悪手だ、と。
『…』
父の言い分も分かる。
けど、ここで良しとして、父は無事に戻って来られるのか?
「大丈夫だって。俺は逃げ足も早いんだ。」
本気を出せば、母にも捕まらない自信がある、なんて言いながら笑う。
「それに、その為にここに来た傭兵部隊は俺だけだ。」
『本当に帰って来れる?…私、お母さんに叱られたくないよ…』
「ああ。俺は孫見るまで死ぬ気はねぇさ。」
『なんだよそれ…まだ相手だって居ないのにさ…』
自然と頬に添えられた父の手。
ゴツゴツしてて硬い。
それでも温かい手。
『危なくなったら絶対に逃げる事。じゃないと口聞いてあげないから…』
「わかった。」
ポン、と頭に手を添えられ、当たり前の事を思い出す。
ああ、これが私の父で、私はこの筋肉達磨の子供なんだって。
聞き入れられた頼み事。
それに満足した父は、即座に天幕を後に、敵軍が布陣している方角から僅かに逸れた方向へと疾走して、見慣れた背中を私の目に焼き付け、姿を消した。
『帰ってくる…んだよね、父。』
閉じた瞼の内側にその背中が焼き付いている。
故郷で日々の暮らしの中で見てたものと同じなのに、少し不安を感じさせるその背中が。
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命懸け…なんて似合わない。
父なら大丈夫だと。
そんな期待、何の根拠もないのに。
次回もお楽しみに!