252話 足りないモノ
252話目投稿します。
目覚めた町は未だ緊張が走っているはず。
戦など関係なく町は今もなお時を進めているのだ。
もう見慣れた天井だ。
自室には私の気配しかないが、周囲から感じる気配から感じる慌ただしい雰囲気からすればまだ件の敵軍は到着してなさそうだ。
カチャりと開いた扉から、食事を運んできたリアンが入ってきた。
「お目覚めですか?」
『うん。どれくらい経った?』
「担ぎ込まれて半日程です。起きれそうですか?、エルからは無理矢理にでも食わせろ、と言われているのですが。」
そういってテーブルに置いた料理だったが、妙に肉類が多い気がするのは気のせいとしておく。まぁ…血が足りないのであれば解らなくはない。
それでもどこか見覚えのある品は、調理した者の姿を頭に浮かべる事ができるモノだ。
『母は…心配してた?』
「子供の心配をしない親など居はしませんよ。とは言っても笑っておられましたが。」
と苦笑を浮かべるリアン。
『母らしいや。』
ゆっくりとベッドから身を起こし、テーブルへと向かう。
が、足が重い、目が回るような感覚。
『く…』
倒れかける私に一瞬で駆け寄るリアン。しっかりと体を支えてくれる腕に半ば身を預ける。
「横になりましょう。無理してはいけない。」
大人しく頷き、任せる。
ひょいっと私の体を抱え、ベッドへと運んでくれるのだが、こうも簡単に抱きかかえられると、状況にもよるのだろうが、恥ずかしがる暇もない。
少しでも体調を回復させるため、と用意された食事は若干胃もたれをおこしそうにもなるが、そこは慣れ親しんだ味で誤魔化し、少しずつ咀嚼する。
ここで残してしまうと多分エル姉だけでなく、母からも恐怖の説教が足されるに違いない。
『あっちの様子はどう?』
「思ったより進軍速度は遅いようでして、今、エルがもう一度出向いているところですね。」
『私が立てないならエル姉の判断も聞くように通達を。』
「承知しました。こちらでできる限りの事は行います。今は少しでもお休みください。」
『うん、ありがとう。』
こうした状況や、実際に迫られる事で改めてこの町に足りないモノが浮き彫りになる。
ある意味で優秀な者が多い事も原因の一つと言えるのかもしれない。
例えば医療施設。
兵士として軍務に着く者の中にも医療知識を持つ者はいるだろうが、医者はこの町に居ない。
まぁ今回の場合、私の体調不良の原因は分かりきっているが。
『さっさと終わらせて進めたいな…』
町はまだまだ足りないものが叩けばたくさん出てきそうで、セルストの相手などしている場合じゃない。
『あれ?…でも。んー?』
そもそもこの町を作る理由は、セルスト率いるスナントの軍から王国を護るためだったが。
『ああ、そうか…はは…』
いつの間にか私の中で順序が逆になっていた事に笑う。
そうだ。
今の私は楽しいんだ。
再び眠りから覚めた私の体は、眠る前に比べて随分と回復したようで、恐る恐る下ろした足も軽くなった。
「あら、もう平気なの?」
着替えを済ませて建物を後に、リアンが姿を見せる気配もなかったので一先ず母の下へと足を運んだ。
『うん。ありがとう。ご飯美味しかったよ。』
「まだまだしっかり食べないとダメよ?、時間がある内にお腹に入れておきなさい。」
有無を言わさず出された料理。
みなまで言わずとも、食べて行けという事ぐらいは分かる。
『これも慣れかな?お母さんのご飯は美味しくて助かる。』
忙しそうに調理場に立つ母の様子を何気なく眺めてはいるが、ここでまた一つ、皆無というわけではないが、料理人という人種も足りていない事に気付く。
『ねぇ、お母さん。ここの暮らしってどう?』
鍋を混ぜながら答える母の言葉。
「んー?、忙しいけど楽しい。後、少しだけ懐かしい、かな?」
やはり料理人の、しかも美味しい食事を作れる者は足りていないようだ。
母からすれば、やり甲斐があるとの事だが、この先の事を考えていくなら放っておくわけにもいくまい。
懐かしいと感じるのは恐らく、父と共に携わったキュリオシティの事だろう。
当時もきっと母はこうして料理を振る舞っていたのだろう、と私の興味を唆る。
「そうね、あの頃は今ほど美味しくはなかったんじゃないかしら?。それでも皆の笑顔は嬉しかった。」
『そっか…楽しんでくれてるなら何より、かな?』
「あら、もっと楽させてくれてもいいのよ?」
『ま、まぁ…早目に考えるよ。』
不思議な事に、ただ眠っていただけのはずが、しっかりとそれなりの量を腹に収め終わり、今度は軍施設へと足を運ぶ。
『進軍が遅い理由は何なんでしょう?』
「報告としては明確な情報はきておらんな。案外セルストのヤツが気を使った、なんて事もありうるかもしれんぞ?」
会議机に広げられた周囲の地図。
今の状況を示す駒がいくつか置かれている。
町を囲むように描かれた線。
これは私の倒れる原因となった魔法陣の結界。
そして南から進軍してくるセルストの軍。
『今回はセルスト卿も軍と共に来ているのは間違いないんでしょうか?』
「確実…というわけではないが、ワシにはヤツの気配を感じる。ヌシも感じておるのではないか?」
『ええ。それはまぁ…とすれば、強ちグリオス様の見立ても間違いではないかもしれません。』
あの男の興味はただ只管に強者との戦い。
そして彼は私の気配を事細かに感知しているようでもある。
今攻め込んでも、私と相対するのが難しいとした判断であればグリオスの言い分も間違いではない。
「ヌシが作った結界のおかげで、相当な腕前、もしくは魔術士でもおらん限りはあちらの軍が町に侵攻する事はあるまい。」
とはいえ、セルストが直接乗り込んで来るようなら後続する軍勢もまた同様に流れ込んでくる事に違いはない。
「報告します!、スナント軍が再び侵攻を開始!、間もなく結界からの目視も可能との事です!」
飛び込んできた伝令。
「アタリのようじゃな。」
的を得ていた予想が嬉しいのか、それは兎も角、町の防衛の再確認に向かうとグリオスは会議室を後にした。
駆けつけたリアンと共に私も足早に部屋を出た。
「フィル様、お身体の調子は?」
私の荷を手渡し、厩舎へと向かう中、その言葉と共に顔色を伺うリアン。
『大丈夫、行こう!』
少しだけ気怠いような、浮つくような気分が抜けきらない気もするが、何となく体の奥から湯水のように湧き上がる力を感じている。
『…高揚している…なんて、あまり考えたくはないな。』
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望まれた戦い。
今度こそは、とその姿を捕えた先に何が待つ?
次回もお楽しみに!