250話 賭ける触媒
250話目投稿します。
マリーが語るその力の構造。
今はそれが町を護る手段となる。
「準備はよろしいですか?」
『今までこの手の流れで大丈夫だった事なんて一度もないんだけど…』
と愚痴を漏らしたところで勘弁してもらえるわけでもなく、かといって抵抗しないのも将来のためにならない気がする。
そうして再びこの手の舞台に担ぎ上げられた私は已む無く観衆の、今回の場合は新王国軍とでも言えばいいのか?、彼らの視線に晒される事となる。
『…何か、この手の度に新しい装備がご褒美みたいになってるのもなぁ…』
裏で士気というモノを盾に悪巧みをする勢との距離を縮めて来てはいる。
いずれ彼らにも好きにはさせまい、と毎回思うがあの手この手で嵌められる辺り、いい加減本気で逃亡を考えたいところだ。
『この町はまだまだ未熟で、未来の姿もまだ見えてこない。でも今、ここを壊されるのは嫌だ。私はもっと皆と作っていきたい。指揮官としては全然頼りないけど、精一杯頑張るから、力を貸して欲しい。』
方方から上がる歓声と、足踏み、手に持った武器で鳴らす音頭。
拙い言葉でも伝えられる事はできるのだ。
『どれだけ苦しくても、最後まで自分の命を諦める事は許さない。無傷なんて無理だ。死者だって出る。でもそれが自分の番なんてのは考えないで、貴方の還る場所に、どれだけ痛くて、苦しくても、惨めだとしても、最後まで足掻いてほしい!』
オオオオオォォォォオオオ!!
と地響きと共に町に雄叫びが木霊した。
「…あぁ、もう。」
舞台袖に戻った私を迎えたマリーが妙な艶めかしさで見つめてくる。
「いや、ええ。はい。素晴らしいお言葉でした。」
ハッと思い返したようにキリっとなるが、もう何だかんだでこのお姉さんの性格も何となく分かって来てはいる。
『あー…こっちもしっかり準備しないとね。魔導書は用意できたかな?』
「ええ、こちらに。」
先程までの様子は微塵も感じさせない毅然とした態度は流石に歴戦と言っても過言ではない軍師の顔そのもので、別人と思われても仕方ないかもしれない。
『ふむふむ…』
自室に戻り、マリーに説明を受けながら、魔導書を開く。
それほど時間があるわけでもないが、焦っているだけでは無駄に時間が過ぎていくだけで終わってしまう。
指揮官として必要なのは冷静な判断や一貫した指示といったところなのは間違いいないだろうが、焦りが一番禁物だと思う。
予想外の事が起これば当然焦りもするが、今はその時でもない。
これも町の皆がしっかりと対策や準備を行っていたからこそだ。
『根本的なところで、魔法陣に作用する魔力の出所ってどうなってるの?』
「基本的なところは大気、自然から生まれる力を利用するのですが、あくまで維持する程度の力です。」
王都や各地方にある町や村には実を言うと結界といった代物が存在している。
ただ、それらについてはあくまで自然に存在する脅威をほんの少し軽くするだけの代物で、あくまで自然から得られる力で賄われているそうだ。
逆にその力が強すぎると、そこに暮らす魔力を有する者への影響が出てきてしまうらしい。
『あぁ、成程…』
町に足を踏み入れた時にわずかに感じる空気感の違いが、ソレを有している者が感じる僅かな違和感でもあるのだが、そこは個人差で感じる幅の違いがあるようだ。
「今回、明確な防御機構としての結界が必要になると思いますが、その場合は術師の一部を魔法陣に織り込むのです。」
『一部?…』
「一般的に…というか高い効果を得るのに使われるのは血ですね。」
ここで使われる術師の一部、所謂、使役に対する触媒とされるモノに必要な物量は、その大きさに左右されないという点だ。
『えっと…つまり、大小に関わらず、実際に効果の差が出るのは触媒の量だけって事で合ってる?』
「ええ。その通りです。これについては古くから王都で研究が行われた事で知られている事実です。」
己の体を武器として戦う騎士や武闘家に比べて肉体的に劣っている魔導士は、その触媒として捧げる己の一部の量でその強さを引き出す。
それが魔法陣を使役する者の強さ、そこに賭ける己の意志を証明する水準でもある。
自分が主に使う魔法陣についての話ともなれば説明にも熱が籠るというモノで、少し興奮気味ではあるが、その有用性、一般的な魔法についての違いを熱弁するマリー。
曰く、一般的に元素を使役する魔法と、魔法陣の違いはその時々にだけ現象を生み出すに留まらないところ。
先の説明でも聞いた通り、町に張られた結界のように、一度作用してしまえば術師の意志や生存している限り、その効果は半永久的である事が明確な違いという事らしい。
『つまり、防御結界を作ってしまえば後はずっと残る?』
「その通りです。そして更に言えば、作動時に術者にかかる負担は一般的な魔法に比べて小さい。魔法陣個々の強さは、布陣の際に込めた触媒の量で決まるのです。」
『って事は例えば血を多く使えばそれだけ強い結界が作れて…術者本人は時間があれば回復できるから…』
「そうなんです。私は正直なところ魔術に関してそこまで秀でた才はありません。しかし、魔法陣ならば私の知識と合わせて大きな効果を得られる。」
軍師としての戦場に於ける先見の力、そして魔法陣の特徴、それこそがマリーの強さの証というわけだ。
『そう考えると、前の立合いは悪い事しちゃったって事だね…』
例えば母のような魔導士であれば、直接対面しての戦闘で放つ魔法の強さで計れるが、彼女のような陣使いとなればそうはいかない。
「いえ、あれは間違いなく私の実力不足と、フィル様との力の差でした。」
マリーと立ち合った場所にはすでにマリーが仕掛けて陣が有ったのだという。
その効果についての説明はなかったものの、彼女に有利になるはずの地の利を以てしても私に勝つ見込みも見出だせなかったという。
「しかし、今、まだ猶予がある今、フィル様のお力が借りられるのであれば…」
鉄壁とは言えなくとも、十分な効果を発揮する陣が作れるはずだ、とマリーは断言する。
だとすれば、のんびりしている場合ではない。
『じゃあ行こう。マリーさん、しっかり指示してね?』
「ええ、万全の体制を組み上げてみせます!」
差し出した手に己の手を重ね、強く握る。
部屋を後にした町は篝火が落とされ、白み始めた空の向こうから、日が昇り始めていた。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
戦場でない場所を確保するために戦場を駆けろ!
次回もお楽しみに!