248話 主の帰還
248話目投稿します。
戻った町で待ち受けていたのは落ち着きのない職人と、笑顔で叱る従者。
『目が痛い。』
空を自由に飛べるというのは中々にして爽快ではあるものの、風の抵抗による目に掛かる負担は結構なものだ。
ソレ用の眼鏡でも作ってもらおうと思い留め、町に向かって只管空の旅を愉しむ。
ここから見える南の空はどこまでも遠く澄み渡るように見えるのに、その地上には王都を戦火に焚べるモノと考える男がその軍勢を整えている。
広がる空を眺めていると、戦いなんてくだらない。そんな事はどうでもいいとすら思えてくる。
だが、彼の考え、価値観、欲望を無視する事は私の大切な人たちの命、暮らし、未来を脅かす。
決して見ぬふりなどできる理由がない。
決意を新たに、少しだけ速度を上げる。
目の負担は上がるとしても、私に、私たちに残された時間はそれ程長くはなく、少しでも前へと進めなければならないのだ。
「で、どうじゃった?」
『驚いた。でも凄くいいね。』
我が子を褒められるかのように照れるヴェルンだったが、喜びのあまり手が止まるのも一瞬で、外した装具をじっくりと観察する。
「ふむ…ワシには何となくの気配程度しか分からんが、嬢ちゃんの魔力もしっかりと馴染んでおるように見えるな。そっちと同じくらい使い込めばそのうち空も飛べるかもしれんぞ?」
『?…いやむしろ、風で目が痛いから眼鏡みたいなの作って欲しいんだけど…』
「まぁ、広い場所ならそれなりの速さになるだろうからのぅ。そっちは後で作っておこう。重さはどうじゃ?」
今度は私の手を取って装具をつけていた手首を調べる。
『重さは殆ど感じないかな。歩いてる時はまぁそれなりに?、でも石材のとは思えないくらいに軽いから浮かすのも疲れなくていいよ。』
「おいおい、流石にそっちの刃ほどの強度はないぞ?、手荒に扱うと使い物にならなくなっちまう。」
『?…』
どうにも話が噛み合ってない気がする。
「戻った時は馬車使ってなかったと聞いたが、王都を出たのは朝方かの?一気に駆けたわけじゃなかろうが馬より疾そうじゃの。」
『出発したのは昼頃だったかな。まぁ、速い鳥とかになるとわからないけど、そこいらの野鳥に抜かれるような事はなさそう、かな。』
「ん?…」
『ん?…』
「嬢ちゃん。おヌシ、急ぎ跳んで戻ったと聞いたが?」
走るような動作で跳ねるヴェルン。
『うん。飛んで帰ってきたけど?』
空を指差す私。
「んん?…」
『んん?…』
『「どういう事?」』
「嬢ちゃん、冗談言っちゃなんねぇよ、人が空を飛ぶなんてなかろうに。」
『いやいやいや、ソレ作ったのヴェルンさんでしょ?、そういうモノじゃないの?』
互いに食い違う話。
そして無言で机に置かれた装具を見て、直後2人して工房を飛び出した。
聞くより見るほうが早いとは良く言ったもので。
「…こりゃ驚いた…とんでもないモンが出来ちまってたわけだな…」
町の外、少し離れた平原で実際に装具を使ってみせる。
確かに出発前に渡された時に彼の口から使い方を教わる時間もなく、ただ使ってみれば分かるはず、とだけ言われた。
が、実際は作り手の想定以上のモノ。
『足首だけ、とか、腕輪だけだったら気付けなかったかも。』
スイっと軽く空を舞う。
「…まるで女神様みたいじゃな…いや、待てよ?」
納得も終わったようなので、地に降りて歩み寄る。
何やら考え込んでいるようだが…。
「嬢ちゃん、ワシは急ぎ戻るぞい。おヌシも疲れているじゃろうから、今日はゆっくりした方がよかろうて。それじゃあな!」
と、猛烈な勢いで町に向かって走って消えた。
『ん?…あ…』
眼鏡について念を押すべきだったか?
まぁ…忘れているようならまた後日にでも問題はないか。
追加で時間を取られる形となってしまったものの、差し当たってのヴェルンへの報告は終わった。
ヴェルンと別れて一人、町を横断する形で歩く道すがら、私の姿を捉えた者たちから帰還した事への喜びの言葉も飛んでくる。
通りすがりに作業員に声を掛けているうち、気付けばもう夕暮れ間際。
結局、予定していた帰還の時間から少々遅れての自室兼執務室への到着となったわけだが…。
『あ、リアンさん、今戻りました。』
「フィル様、お早い帰還ですね?」
妙に満面の笑みだが…決して早くはないし、むしろ予定を過ぎてい…あ…
『え…えっと…リアンさん、もしかして怒ってる?』
「いえいえ、私はご当主様の従者ですから、文句などございませんよ?お疲れでしょう、一先ずはお茶などいかがですか?」
『あ、はい。』
促され、大人しく長椅子に腰掛ける。
と、
『あちっ!、あつ!』
目の前でかなり熱めのお茶が注がれる。
少し高すぎるんじゃないでしょうか?!
リアンさん!?
『ご、こめんなさいって、リアンさーん!』
と言ったオシオキを受ける事となったわけだが…。
「ではやはり水路については開通を優先にする方針ですね。」
「あい分かった。出発前にその方針に転換はしていたが、正しかったようだな。そちらはワシに任せておくがいい。」
『南の様子は?』
「フィル様不在の間は特に何もありませんでした。しかし、こちらも時間の問題かと。」
マリーの報告の最中、リアンが耳打ちをしてくる。
「エルが斥候として警戒していますから、概ね問題はないかと。」
『マリーさん、改めて戦力の確認と準備を念入りにお願い。』
「了解しました。」
『土産話になるかはわからないけど、ロニーさんは元気にやってたよ。』
マリーとグリオスが少し笑顔を浮かべる。
それに、2人に伝えておいた方が良いかもしれないと。
『もしかしたら、彼女もこっちに来る…来ちゃうかもしれないんだよね…』
「経緯までは聞きませんが…あの子は言っても聞く性格ではないので…」
「図書館でも作るべきかもしれんな。」
と少々呆れるような素振りで応えてくれた。
『まだまだ町としては未完成ってところかな?』
軍の指揮と町の建設。
どちらも手を抜く事が出来ない状況に苦虫を噛むようなやるせなさを感じて止まない。
『泣き言言ってる暇なんて無いな。』
頑張らなくてはならない。
王都での休暇を経て、少し前向きになれた気持ち。
懐かしさと、驚きと、喜び、再会した人たちの元気な姿と、少しずつでも発展する町の様子、そして王都での最後の夜に見た夢。
そう遠くない未来に訪れる希望を楽しみに、明日からの日々を過ごすんだ。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
大地が揺れる。その時を…
次回もお楽しみに!