242話 タノシイ企み
242話目投稿します。
張り詰めた糸は容易く断たれる。時に撓む時間もまた必要な物だ。
『こうしてゆっくりできるの、久しぶりです。』
王都郊外の草原。
以前も訪れた遠乗りの場所。
あの時と同じ良い天候に恵まれ、心地よい風と少し枯れかけた季節の匂いが鼻腔を擽る。
「…私もそうだわね。」
急遽提案した外出は、今の情勢を鑑みた一部の従者から反論もあったものの、現当主の気疲れを心配する気持ちが上回り、それなりの警護を伴った上での敢行となった。
それは叔母だけでなく、ここ最近の外出自粛といった状況によるイヴやオーレンの小さな不満も解消される事にもなった。
少し離れたところで駆け回っている2人の様子を眺めつつ、叔母と私はゆっくりとした時間にその身を預けているといったところだ。
『叔母様、少し吐き出しても良いですか?』
それなりの意志を込めた目で叔母を見つめる。
きっと今の叔母の表情は私と指して変わらないモノなのだろうと思う。
「ええ。近況は是非聞きたいわ。」
今の気持ちを正直に話す。
叔父が担っていた事、軍部に関わる立場を継承した事に後悔はない。
叔父が望んでいた平穏な暮らしを護るために尽力したい、と。
だが、己の中で決意した覚悟は今直面する敵意に比べてしまうと容易に破かれてしまう程薄っぺらいモノでしかなかった。
事もあろうに相対した仇から学ぶ事になってしまった危機感。
そして自分に付き従う者たちの温度差と、率いるために必要な非常さ。
望む未来を想うだけでは辿り着けない。
掴み取る力も必要なのだ、と。
父との立合いの中で、それを改めて思い知った。
「そうね…ジョンやアイナ義姉様ほどに振る舞えたらどれだけ楽か…私も思う時はあるわ。」
父や母の昔を知る叔母は私以上に2人の力を目にしているはずだ。
その叔母もその色んな意味での強さに思うところはある、と。
「でもね、フィル。貴女は2人と同じじゃなくて良い。そして、あの2人の血を受け継いでいる貴女はきっとあの2人が辿り着けなかった場所に行けるはずだわ。」
叔母の言葉、後半は少々買い被り過ぎと思うが…。
それでも私の笑顔の種にはなった。
『叔母様、最近の愉しみは何かありますか?』
問いかけの返答に悩む叔母。
「何かを愉しむ余裕もないようね。」
間を空けず苦笑する様子を見るに自覚はある様で、
「あの2人の楽しげな顔も考えてみれば久しぶりに見た気がするわ。」
もう少し、叔母の気分が上向きになるような何かがあれば…と思うが…うーむ…。
叔母の好きな事…オーレンたちとの触れ合い、温室の草花の世話…。
『あ…』
最もたる事に思い当たりはしたのだが…。
これはこれで発言も中々にして勇気がいる。
が、
私は、軍務だけじゃない、この人を支えると決めたのだ。
『叔母様!』
翌日急遽訪れる事となった軍本部。
中でもそれなりに位の高い衆に凄く怒られた。
この情勢で何を考えているのか?と。
流石に説得できる術もなく、屋敷へと戻ろうと顔を上げた視界の隅に王城が入る。
『あんまり褒められた事にはならない…だろうなぁ…。』
そして多分、一部の見えないところで反感を買う事にもなるだろう。
それでもやりたい。やるべき事だ。
いつでも、どんな時でもどんな事でも楽しげにしている両親のようにありたいと思うから。
「くっくっく…本当にキミというヤツは…突拍子もない話を持ってくるものだな?」
突然王城に現れた私が何の連絡もなく、予定も立てず、王に謁見を求める。
普通に考えれば凡そ叶う事ではない。
唯一それが出来るのもまた今の私しか居ない。
で、運良くお目通りとなった王、ラグリアに私が頼み込んだ返答の第一声がソレだ。
『色々と難しく考えるのも面倒になってきたのよ。で、お願いできる?』
「…そうだな…流石の俺も理由もなくやるのは難しいが…理由を作ることは難しくないぞ?」
ニヤリと笑うその表情に了解の意を汲み取る。
「いずれにせよ少しの時間は必要だ。折を見てこちらから何等かの伝令はいれるように取り計らっておくから楽しみにしておくがいい。」
ここまでいうのであれば、この件はラグリアに任せる事にする。
どちらにせよ大々的に事を起こすにしろ私には手段がないのだ。
『じゃあラグリア、忙しいだろうけど宜しくね。』
「ああ。そちらも頑張ってくれ。」
というわけで、一先ず戻った私がやるべき事は、良し悪しに限らず逸早く町の完成を目指す事に絞られる事と相成った。
休暇…と言う程のんびり過ごせているわけでもないが、こういった企てをするのもまた何と無く楽しい気持ちになる。
『もしかしたら、叔父様もこんな気持ちで色々やってたのかしら?、だとしたら確かに企てっていうのも一興ってところか…。』
クスりと一人笑みを浮かべ、屋敷へと戻る馬車に乗り込んだ。
更に明けた翌日。
今度は学術研究所と、技術院に足を運ぶ。
前者ではロニーを始めとする勤めていた頃の面々との再会を、後者ではパーシィやノプス、それに魔導船の時やランプの修理に奮闘してくれた面々と会える事を楽しみに…。
改めて王都に戻ってからの数日、自分が訪れた、訪れる場所を頭に思い浮かべる。
『ん〜…休暇?、いやまぁ楽しいから良いんだけど…』
馬車に乗ることも随分と熟れてきた感触を良しとすべきか?
窓から見える王都の平和に見える光景を眺めつつ、移動の間だけのんびり出来ている事もまた休暇の一部か、と小さな平穏に喜びを覚えるのであった。
『こんなのも悪くない、のかな?』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
どこもかしこも相変わらずな光景は一つの平穏でもある。
次回もお楽しみに!