240話 翼を持つ者
240話目投稿します。
新たに生まれた力も、それに見合う努力がなければその身の力となる事はない。
ヴェルンが私に創ってくれた装具は素晴らしいの一言に限る。
当初の予想を外れたその機能によって私は新たな場所、むしろ世界と言っても過言ではない、そんな所へと自身を踊らせる事となった。
この力がもっと沢山の人に扱えるようになれば、空を舞う鳥のように多くの人が自由に飛ぶこともできるのかもしれない。
この装具と刃、元を正せば遺跡を構築、もしくはその周囲から採取出来る石材の調査、分析が行われれば…きっと。
当初の予定では一日かけての王都へと移動だったが、突如沸いて出てきた素敵な練習を兼ねて、相乗りさせてもらった荷馬車と早まった別れを告げ、夕暮れに染まる空を様子見がてら飛行しているのが今の現在だ。
高揚しているのは間違いなく、今の私は疲れ知らずといったところだろうが、飛行による消耗はなんとも言えない。
結果それなりの高度と速さで王都を目指しているわけだが、荷馬車に比べれば断然速い。
気にせずに飛べば日が落ちる前に到着となるだろう。
とはいえ、この楽しい気持ちのままで下手に怪我をするのは嫌。
結果それなりの速度といった感じだ。
けれど、ゆっくりと飛ぶ事もまた一つの楽しさがある事に気付く。
『わぁ…』
時折吹く強い風と共に普段は見上げるだけだった鳥の群れが下方から私に追随するように翼をはためかせているのだ。
歓声の一つ挙げても誰も文句は言うまい。
試すように角度と高度を変えてみると、鳥たちもまた同じ様に後に続く。
こんな光景はそうそう見れるものではないだろう。
楽しさに時間と場所が頭から抜けそうになるが、流石に王都が迫ってくれば嫌でも視界には入るし、こんな緩みきった顔を知人に見られたらたまったものではない。
鳥の群れに別れを告げて、思ったより高くなっていた高度を下げる。
王都近郊の小さな森林部に着地。
これはこれで中々調整が難しいかも、と次の練習内容を頭に留め、一応は周囲の状況を目で確認する。
空を飛ぶのは確かに気持ちの良いものではあるが、着地によって地に足が付いた瞬間の根が張るような感覚もまた心地よく思う。
それ程大きくない森、生き物の気配はするが、いずれも野生の動物のようだ。
敵意を感じるモノも無い。
『さて…予定より随分早いけど、まぁ皆が夜更かしになるよりいいでしょ。』
この分だと日暮れ頃には正門に辿り着けるだろう。
王都に向けて、改めて足を踏み出した。
「ったく、アンタってどういうんだよ。」
物陰もないはずの王都までの草原で突然背後から声を掛けられ、ビクりと背筋が跳ねた。
振り返る視界に黒い外套を羽織った少年の姿を捉える。
『び、びっくりしたぁ…アナタ、チキね?』
日が大分翳ったとはいえ、初めて会った地下聖堂に比べれば全然明るい中、改めて見る少年の顔はあの時の小生意気な彼に相違ない。
「油断大敵だぜ?ゴトーシュサマ。」
いや、森に降りた時に感じた気配に人のモノはなかったはず。
となるとこの少年は私が感じられる気配の外から動けるという事に他ならない。
初めて会った時に比べて随分とその役割に見合った実力を垣間見る事となったようだ。
『で、どうしたの?』
「いや、特に用があるわけじゃないんだけどさ。そりゃ自分の持ち場に変な気配が現われりゃ調べもするだろ?」
成程。
王都近郊の警戒を担うならまさに今の私のような者が近付いてくれば確認するのも当然。
しかも空からともなれば普通に考えてもそんな行動ができる者は限られている。
『そうか…』
そして私もまた気付く。
空の、それもとびきり高い位置を動けるなら、あの男の神出鬼没というのも今更ながら納得がいく。
『チキ、知ってたらでいいんだけど、セルスト卿みたいに空を飛べる人って心当たりある?』
キョウカイの構成員とすれば、そんな特殊な力を有している存在は把握してるはず。
頭の後ろで腕を組み、思い出すような素振りの後、首を横に振る。
「いいや?、そんな話はとんと聞いた事ねぇよ。少なくともさっきまではな。」
『あー…ゴメン。』
私が正に2人目という事。
強いて言えば、と付け加える。
「人じゃないヤツも含めたら何体かは居た。アンタも知ってるだろうけどさ。」
示す対象は、火竜ベリズ、そして…雷狼シロ。
「どっちもアンタが見送ったはずだろ?だから今のとこ思いつくのは他にはいねぇよ。」
いや、待てよ、と更に考え込むチキだが…
「んー…やっぱ居ねぇよ。他には。」
僅かに思い当たる節があるようにも見えたが、一先ずは他にそういった者は考えられない、と。
『王都の様子はどう?』
「んー…オレはあまりナカには入らないからな。でも奥様は忙しそうにしてるらしいぜ?」
政に関してはフウキやマグゼに聞いた方がいい、と残し、正門に辿り着く前にチキは私の傍から姿を眩ました。
実際に見ても驚きな事に、一瞬にして私の視界から姿を消したと思えば、その気配すら感じる事ができなくなってしまった。
『…どんな技術よ…』
あの時に今と同じようにしていれば、私ももっと苦戦させられただろうに。
しかし、あれは私も解っていて挑発したところもある。
どれだけ凄い技術を持っていても、どんなに厳しい訓練の下に育まれた戦闘能力があっても、歳相応の感情は持っている、という事だ。
ただ冷徹な暗殺者として育てる事は…きっと叔父も望まなかっただろう。
非情である一面と、人々の平穏を齎すための想いを持った組織、それが私の中にあるキョウカイという組織だ。
正門での手続きの最中、やはり驚いた様子の受付担当者の言葉。
「予定よりお早い到着ですね。各所への伝達が必要であれば承りますが?。」
流石に軍部関係者である門兵であれば私の事は当然解っているようで、到着に対する報せを申し使ってくれるという。
『じゃあ、ラグリア…陛下と…あとは…技術院の所長、学術研究所のロニー研究員に報せておいてもらえるかな?』
「ハッ!。急ぎスタットロード家への報せも走らせます!」
『ありがとう。』
気遣いにただ感謝し、久しぶりとなる王都の町並みに足を踏み入れた。
日が暮れた後という事も相俟って、道行く人の数はそれほど多くはない。
今となってはその方が私も動きやすいという物。
不思議な事に、改めて見る町並みは、どこか違って見える。
それはきっと、王都を離れた南の土地で、己が中心となって町を作っているからだろう。
整備された王都の町並みを、今まさに建設の最中である自分の町と比べてしまう。
『ふぅ…まだまだ先は長いねぇ…』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
久しい抱擁は、確かな温もりを感じる貴重な時間。
次回もお楽しみに!