239話 舞い上がる刃
239話目投稿します。
新たに手渡された古き意匠。
それは強さとは別の人々の夢の欠片になりうる力だ。
「おーい!嬢ちゃーん!」
王都への帰還、報告がてら都市建設のあれこれから一時的に解放、休暇となった私は資材運搬を終え王都へと蜻蛉返りする貨物馬車に相乗りさせてもらう形となった。
出発は日も昇らない薄暗い早朝だというのに町を出る直前に私を呼び止める声。
ドスドスと掛けてくる男、鍛冶工房の主、ヴェルンだ。
『朝早くにどうしたの?』
「いやぁ、間に合って良かったぜ。これ、持ってってくれ!」
と渡された麻袋の中には輪っか状の物が4つ。
『これは…腕輪?』
「足用も合わせて4つだ。嬢ちゃんなら付けてみれば使い方は解ると思うぞ?」
そう言って親指を立ててニカッと笑う。
戻ったら感想を聞かせてくれ、と残して鍛冶職人独特の力強そうな手を大きく振って送り出してくれた。
馬車に揺られつつ、早速取り出してみたが…
「綺麗な腕輪ですね。」
馬車の主も興味深そうに眺め、鍛冶師が装飾品も扱うのか?と笑い混じりの称賛。
『うん…確かに腕輪としての細工は悪くないね。』
しかし、ヴェルンがわざわざ朝も早くから出発前に焦って渡しにくるのだ。
当然ただの装飾品ではない。
触れた感触は鉄製ではなく石、わずかに緑掛かった材質は私も良し悪し含めてそれなりに知っているモノで間違いないだろう。
武器職人としては北の名匠に勝ちを譲ると本人は言うが、それでも装飾の点では自分が上だ、と豪語するだけの事はある。
目を凝らして腕輪を見ると、細かく文字が掘られている。
『これ、魔紋が掘られてるのか…凄いな…』
「ただの腕輪…というわけでも無いのですね。折角ですし着けてみては如何ですか?」
馬車主は話好きなのか、それともただの行軍が退屈なのか、妙に楽しそうだ。
頷き、腕輪に腕を通す。
思っていたより軽い、というより重さを殆ど感じない。
腰に下げた刃と同質という事は恐らくこの腕輪と脚輪も私の魔力に反応するはず。
試しにはめた腕を眼前に翳し…と思ったがやめておく。
このまま何かが起こったとして、荷を引く馬を驚かせてしまいそうだ。
留まった私の様子を不思議そうに眺める馬車主に休息を進言すると察してくれたようで、街道脇に馬車を移動させ、近場の小川へと馬を連れて行った。
『さて…』
改めて腕輪をはめた手を眼前に翳す。
以前、刃を初めての使役した時も意識しない程度の魔力に反応して実家の壁にヒビを入れてしまった。
故に今回は意識して少ない魔力を集中させる。
が…。
『?…』
魔紋の刻印から予想していたのは単純な魔力の増幅。
軽い集中だけで衝撃波のようなモノでも放たれるのか?という私の予想は裏切られ、特に何も変化がない。
『んー…なら…』
刃を使役するときのように物を飛ばすような感覚を思い浮かべる。
『あ…』
僅かに腕輪が浮くような…。
『もしかして…』
馬車に戻り、手渡された麻袋の中、残った2つの輪を取り出す。
ヴェルンが足用と言っていた。
確かに腕輪より少しだけ大きい。
ブーツを一度脱いでから輪に足を通し、ブーツを履きなおす。
これで落ちる心配も、突っかかって転げる心配もあるまい。
『では…』
改めて魔力を集中する。
やはり今度はアタリだ。
『凄い…』
体の重さが消えるような感覚を経て、間違いなく足が地面を離れている。
風の魔法を操作して体を浮かび上がらせる事も出来なくはないが、コレはそういった類の魔法とは別のモノだ。
『そういえば…。』
以前、工房を訪れた際に、魔法に精通したエルフ族についての紹介を求めていた。
候補に挙げられたロディルは今のところ見つかって居ないはずだから、この装具自体はその手の知識が無い状況で創り上げられているはずだ。
感想を求めたのはそういった理由もあっての事だろう。
もし以前のようにロディルが王都を訪れていたとしたら、いっその事、休暇から戻る際に同行してもらうのもいいかもしれない。
が、都合よく王都に居るわけもない…と少し期待しつつも…まぁ無いか。
改めて空を舞う、という感覚に意識を向ける。
高い所からの視界というのも経験として無くはないが、現実感の薄い真っ暗な世界での景色と、王城の高いところ、足のついた場所からの眺め程度。
少し楽しみで、少し怖い。
空を自由に舞う。
それは…
『そうか…あの人も同じ景色を見ているわけだね。』
背に翼を持った私がいずれ戦う事になる人。
そう考えると高所という恐怖は消える。
見て、見れて当然の景色。
そしてきっとこの装具があればあの人より高く跳べる。
ゆっくり、ゆっくりと意識して少しずつ高く、高く空を目指す。
大丈夫。
作り手はヴェルン。
刀工としての腕は一線級。
試作品といえど、それは刃も同じだった。
ガルドと肩を並べるその腕は、いや、そうでなくとも西の名匠が創ったものなら私の魔力にだってしっかりと返事をしてくれるはず。
名刀が使い手と作り手に強い絆を生むなら、それは剣に限った事じゃない。
私もまた、ガルドやヴェルンを信じる。
己の脚力や、風魔法を使っても届かない高さまで来た。
小さく息を吐き呟く。
『…行け!』
思い描く飛翔に、私の体と、四肢に備えられた装具が反応し、風を、空気を切り裂き舞い踊る。
一頻り飛翔の感覚を体に染み込ませ、高く昇った景色。
北を見れば王都。
南を見れば建設途中の私の町。
眼下には小さな小川で水を味わう馬と、馬車主。
グンっと勢いを付けて、そこを目指す。
『…ふぅ…。』
突然、空から降ってきた私に馬はともかく、馬車主はひどく驚き、装具を改めて褒め称える。
「いやはや、驚きも無論ですが、それ以上に羨ましいですな。それに高位の術師であっても自由に空を舞うのは難しいと聞いたこともあります。」
鳥のように自由に空を舞う。
それはある意味に於いて、普通では叶わない人が、人類が持ちうる夢の一つだ。
『ありがとう。』
空を舞う私と、創り上げた職人に対する称賛の言葉にお礼を。
そして、私自身からも作り手への感謝の意も込めてお礼を述べた。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
王都での休暇は予想外にできた力のお陰か、休む暇には成り得なくなってしまったようだ。
次回もお楽しみに!