師弟の魂
古き先達が遺すモノ
託された者が取るべき未来を願う
「なぁ、師匠。俺がアンタみたいになれる日って来ると思うか?」
「なんじゃ小僧、おヌシ、雷狼になりたいのか?」
「ちげぇって。」
「ふふふ…冗談じゃ。そうさの…おヌシが言いたいことは分からんでもない。しかし、小僧、ワシよりも理想の姿がおヌシの中にはあるじゃろう?」
「いや…まぁそうなんだけどさ。なんつーか、師匠にしろあの人にしろ、アイツにとって傍に居れば安心できるっつーの?、そーいうのだよ。」
「知らぬが仏、とでも言うべきか…」
俺の頭の上は、ここ最近2人でいる時の師匠の定位置だ。
最初は嫌に思ってた時もあったけど、今となってはコレもまたアイツが感じる安心感と同じ様に俺も感じている。
「時に小僧、おヌシにとってワシやあの火竜はどういった印象じゃ?」
「え?、強いヤツって以外何かあんの?」
はぁ…と大きく溜息を付かれるわけだが、他にパッと思い当たる事も無く。
「ワシや火竜、過去にはそう言った普通であれば人の及ばぬ存在は多くこの世界におったのじゃ。」
「でも火竜は俺たちで止めれたじゃん?」
「本来であればアヤツは大人しい、暴れるのが本意ではなかったのと、あの童子のおかげというのが大きい。」
それでなくとも長い歳月をかけて強さを手に入れた人の積み重ねもあるとかなんとか…
「んじゃそのうち俺も師匠より強くなるって事か?」
「まぁ…そうかもしれんな。」
「その為には日々の鍛錬が大事ってことだな?」
「己の力を高める事、器を成すための強化、いずれにせよ糧にならんモノなどあるまいよ。」
たまに話に出る器ってのが良く分からない。
フィルは器として貧弱すぎる、とか怒ってたり俺に対しても特別キツい鍛錬の日があったり…。
師匠が言うようにその存在ってのに俺たちみたいな人間が近づいてるってのが理由なんだろうか?
昔、南に住む竜が退治されたってのを聞いた事がある。
確か領主の息子とかだったか?
本当の事は分からないが、もしあの火竜と同じヤツを一人で退治したのなら、間違いなく世界で一番強い人間なんだろうな、とは思う。
そいつに勝ちたいとか、世界で一番強いとか憧れはあっても結局は見知らぬ誰かの物差しに当てはめられるだけな気がして深く求める気にはなれない。
多分、大事な人を護るのって難しいかもしれないけど、世界一の強さが必要なわけじゃない。
「師匠の昔ってどうだったんだ?あの滅びの前?」
「この時代と同じじゃよ。平和の上に成り立つものは尊く、失われてこそその尊さに気づく。これもまた人の業が生み、ワシらはそれを見守る。何度でもな。」
「リリーさんと一緒になる前ってどうだったんだ?」
「人の暮らしを見て、時に天災を起こし、時には手を貸し…まぁ自然の中の個として長い歳月を過ごしていたといったところかのぅ。」
「天災って…」
「ワシらは創造主から世界の監視を賜っておる存在じゃ。決して人の利になる事だけというわけではない。」
「でも今は俺たちを助けてくれてるわけじゃん?」
「どこぞの小僧のおかげで世の理に縛られておるからの?。まぁリリーの時もそう違いはないのじゃが。」
「それって師匠にとっては辛いものなのか?」
「ふむ…そうじゃな…ワシらのような存在は今となっては長く生き過ぎた。おヌシらと共に命の時間を削るのもそれ程悪い気はしておらんよ。」
長い歳月ってどんな感じなのか、今の俺には想像もできないけど、今が師匠にとって悪くないってならそれはそれで嬉しく思う。
多分、この毛玉は俺たちよりもっと長い未来を生きていくのだろうけど、リリーさんとの暮らしを嬉しそうに話すみたいに俺たちとの今が語られる日もきっと来るのだろう。
「すまねぇ…何か眠くなってきたよ。」
「おヌシの目覚めもそう遠くはない。ゆっくりと魂を休ませておくがいいさ。」
「起きたらまた話聞かせてくれよ。」
まどろみの中で頭に響いてくる声。
師匠と、領主様の声かな?
「シロ様…結局ご迷惑をかけてしまいましたね。」
「いや構わんよ。ワシもアヤツら同様に世を離れる時が来た、という事じゃろうて。」
「そう言ってくれると私も少しは気が楽ですよ。」
「ふふ…ヌシもワシもこの先、何かに気を使う必要もあるまいて。」
「惜しむらくは我が子の行く末を見守れなくなってしまった事だけは心残りですね。」
「子、というものはワシには縁が無い。じゃが確かに…ヌシの言う通り小僧と、フィルの未来を傍で見守る事ができなくなるのは少々寂しくも思うな。」
「彼らならきっと大丈夫でしょう。そして我が子も…。」
子の未来、俺とフィルの未来…傍に居られないってどういう事だよ、師匠、領主様。
そんな事あるわけ…ないじゃないか…この優しい世界で…そんな事。
もう目を開けることも儘ならない程に意識が遠のくのを感じる。
ついぞ落ちていく感覚はどこかで体験した気がする。
しかし、この感覚が収まる先は、肌寒く、仄暗い、少しの塩気を孕んだ風が鼻腔を擽る。
体が硬い。
まるでずっと眠っていたような…。
「ここは…何処だったかな?」