234話 軍勢の重み
234話目投稿します。
決して許せぬ者との会話。
全てを認めるわけにはいかずとも、事実もまた確かな事。
『何でアンタが消えるのよ…』
小さいくせに、いつも偉そうで、やる気なさそうなくせに、何だかんだで一番危ない所に立って、文句多いくせに私の料理だって美味そうに食べて、寝相が悪いとか毎朝愚痴るくせに夜にはちゃっかりと枕元に居て…。
気付けば居なくなったと思ったら唐突に現れて、そんな繰り返しがいつまでも続くと思ってた。
そうして何事もなく私たちとの時間を過ごしてリリーさんとの暮らしにも負けないくらい長閑に生きてほしかった。
「抜け殻の先は貴様だと思っていたが…流石に壊れるのが分かっていて与えはしなかったようだな?」
空に立つその身を地へと下ろし、背中の翼を折りたたむ。
『貴方の目的は戦い戦いの中にしか見出せないの?』
「それこそが人が人たる所以。人の業というモノだろう?」
人の世に争いが無かったとは思わないが、少なくとも私にはその経験そのものが欠けている。
『私は…貴方の言う戦いなんて知らない。』
「貴様の歳ならそうだろうな。王国という微温湯に浸り、過去の闘争の記録など興味も抱かぬ。今までの世がずっと平穏の中で育まれたモノだとでも思っているのか?」
確かに今までの旅の中で、その断片に触れる事はあった。
その最もたるのは、シロとリリーが中心に居た西方の海に消えた国の話だ。
国内を二分した勢力は互いの主張から争いに発展して挙げ句、国そのものが世界から消えてしまった。
セルストの望む戦いの結果が同じ道を歩むのだとしたらそんな道は絶対に許すわけにはいかない。
『戦いの果てに苦しむ人が居るならそんなのは断じて認めない!』
「今でも苦しむ民が居るのは見ぬフリをする。それが今の王国だと言っても貴様には分かるまい?」
『なっ!、何を!?』
言っている?
言いかけて思い返す。
当初、エルフの集落に手を出したセルスト軍の目的は肥沃な土地を手に入れる為という名分があった。
王国の南方はその人口に比べて資源も食料も足りていないのもまた事実としては知っている。
だからと言って国に反旗を翻して奪う、それよりも王に進言する手段を選ぶ方が安易だと思うのが私の考えだ。
「我らが南の民はただ与えられるモノに縋るのを是とはしない。勝ち取ってこその未来を選ぶ。それこそが己が生きる価値と意義だ。」
セルストだけじゃない。
彼に惹かれ従う民は、未来を勝ち取ってこそ価値がある、と王都に暮らす民の殆どとは違う考えの元で生きているという事だ。
その言葉が本当だとすれば、私が思っていた以上にセルストが統べる国も、軍も、彼の意志と同様の、同等の大きな力を持っているのかもしれない。
それは私が思っていたモノと根本的に異なる。
セルストの圧倒的な威圧感と力に恐れ慄き従い王国に反旗を翻し、あわよくばそこから切り崩す事が出来ると思っていた私の考えは浅はかだったと言わざるを得ない。
きっとセルストが居なくなったとしても、彼らの説得は難しい。
しかし解っていながらも、真実を問わなければならない。
『貴方が居なくても、彼らがその剣を引く事はない、と?』
「無論だ。そこで剣を引くような者はおらん。その剣を引くなら己の喉元に突き付けるだろう。」
身を翻し、南へと足を薦めるセルスト。
今回の目的をせしめた歩みは私の存在などまるで気にも留めていない。
私が背中から刃を放つ可能性すら考えていない。
ここで私がセルストに向けて刃を放ったところで、彼の歩みを留める事はできない。
そしてきっと、ならばと彼は迷わずに私の胸を貫くための拳を握るだろう。
目の前で大事な者を奪われていく悔しさ以上に、自分の無力さが憎い。
彼と同等の力を得るためには、私の中にも何かがまだ足りていない。
それが何なのか…時間なのか、それともまた別の…。
ヘルトと最後に交わした話のせいか、彼が言う今尚苦しみの中にあるという民のせいか、
この戦場から悠然と立ち去る男の背中を見つめる事しかできない。
そしてその歩みの先、砂煙を上げて彼の元に集う多くの人影。
今更ながらセルストを追って来た彼の軍の者たちだろう。
今なら、この戦場に残る私一人を圧倒的な数で蹂躙する事も容易いだろう。
しかし、セルストを迎え入れ、南へと遠のく砂煙はこの場における戦場を望んではいないようだ。
それもまた、セルストの意志と共鳴して動く一個の意志の塊と同様にも感じられた。
『南の民…それ自体が争いを、戦いを望んでいる…』
もしも、今多くの人の手によって造り上げられている町、城塞都市がいかに強固であっても、私たち王都の兵士は南の軍勢からこの都市を守り切れるだろうか?
彼の軍勢と、戦う事を是とするその意志は、どれだけ分厚い壁をも貫いてしまうのではないだろうか?
王国の兵士といえど、平和しか知らない者は多い。
国を護りたいという意志はあれど、争いに身を投じた事の無い者たちは、戦いを望む力にどれだけ対抗できるのか?
覚悟が必要なのは私にも確かにある。
が、訓練だけでなく、命を賭ける意味を示す必要があるのかもしれない。
『非情になる必要が…あるのかもしれない…』
残された戦場に冷たい風が吹く。
首筋に震えを感じるのは、この先多く上がるであろう血飛沫の未来を思ってか、その光景を生み出すであろう南の軍勢への恐怖か…。
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危機感を得るための非情さが必要なら、悪鬼にでもなる。
それが頂きに立つ者として必要ならば…
次回もお楽しみに!