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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第七章 鳴動戦火
239/412

233話 鳴動する大気

233話目投稿します。


こうなる事は彼にとっては分かっていた。

先程までの私との手合わせと違っている点。

それは互いに中空に舞い上がった状態での戦いが繰り広げられている。

セルスト=ヴィルゲイムという男を相手にする上で、どうしても不利になってしまうところは、彼の背中に生えている翼だ。

亜人種の中には、彼のように背に翼を持った者もそれなりに存在はするものの、鳥などと違いその殆どは自分の体を浮かび上がらせる事ができる程のモノではない。

更に言ってしまえば、彼の翼は先天的なモノではなく蒼竜の力を取り込んだための後天的なモノだろう。

少なくとも彼の妹であるヘルト、ヘルトフィア=ヴィルゲイムの背中にはその類いのモノは無かった。


『だったら…私も翼を持てるかもしれないって事…』

意識を失ってセルストを撃退した時の私の姿は異形の化け物のようだったと、エル姉から聞いた。

そんな姿なら翼が生えてようが違和感などなかっただろう。

悲しいかな、世の中には亜人種を差別するような人種も居るなかで、幸いなことに私の身近な人にはそういった考えの人は居ない。

無論私だってそうだ。

人の身で母から生まれた私が、もしそんな異形の生物に変わり果てた時、父や母はどう思うだろうか?

それすら止むを得ない状況になれば私は進んでその道を、手段を取るだろう。

考えれば私もセルストと同様に自分の欲のままに生きていると言えるのかもしれない。


自虐的な思考を巡らせている間も、眼前の上空では2人の戦闘は続いている。


『シロ…さっきよりも動きが…』

当然だ。

互いに加減をしつつとは言え、私との手合わせを終えた後だ。

消耗は当然とはいえ、やはり手合わせの前にも感じたような不安が消えない。




「雷狼。貴様ら古の守護者はすでに世界にとって不要の存在だと思い知れ。」

「ジークの威を駆る愚か者め。じゃがおヌシが言うように時代の移り変わりというのはワシにも解っておるわ。その流れに逆らうつもりは毛頭ない。」

一合、二合と剣ではないが2人の衝突は続き、そのたびに大気が振動する。

「己の命が散るモノと解っていながら、俺の前に立ち塞がる。守護者としての性か?立派な物だ。」

「ワシとて貴様のような相手は御免被りたいところではあるのじゃがな。志を継ぐモノにはすでに伝え終えた。貴様の言うように時代に流されるのもまた一興。精々己の愚かさをさらけ出すがいいぞ、若造め。」




シロの体から青紫の稲光が発せられる。

先程までの不安を打ち消すほどの威圧感が場の空気を統べ、電界からくる肌のひりつきとは別の圧をひしひしと感じる。

『シロ!』

これこそ、私が知るシロの強さ、そして心を支える安心感。

私に残した不穏な言葉を掻き消すかのような力強さを魅せてくれる。




「そうでなくてはつまらん。精々俺を楽しませろ。」

「貴様はある一点に於いては純粋なようじゃな。ヒトで在る事への執着と、導く者としての立場か…」

「強い光があればこそ、ヒトは惹かれ、敬い、導としての安堵を得る。それは貴様ら守護者どもが手出しするところではない。」

「その守護者の威を駆る者が何を言うか!」

「俺の力はすでに俺のモノだ。俺はあの小娘のように守護者の意に囚われたりはしない。」

「成程のぅ、確かにすでにジークの意識は消え失せておるようじゃ…」

「いい加減、ヒトの世界に気まぐれに干渉するのは止めてもらう。その為に全ての神代を俺の手で消し去る。あの国とてそれは違わぬ。」

「…大儀を掲げる割りに貴様自身は草の根を刈るか。」

「世界への反逆こそ、ヒトが削り勝ち取る未来の導だ。」

「良かろう、ならばワシがその首を刈る。」




細かい打ち合いの最中、2人が何か会話をしているのは遠目に見ても明らかだが、その内容までは聞き取れない。

やがてソレも終わりを告げ、互いに間合いを取っての構え。


『シ、ロ?…』

シロが発した威圧感は、私が知る安堵を恐怖へと書き換える。

発せられた雷光に包まれ、その身を言葉通りに巨大化させ、小さな子犬といった姿からは想像できないほどに大きな狼の姿へと変貌した。

鋭く大きな牙と爪は人間など容易く引裂き、その手を紅く染めるだろう。

紛う事なき猛獣、野獣、魔獣と言ったモノと違わぬ姿。

眼は以前、火山で見たベリズのように理性の欠片も見られない。

あれこそが、古の獣としてのシロの本来の姿なのだろう。

眼前の敵をただ滅ぼすためだけに爪を振る、そんな獣の姿。

対するセルストは、その姿に気圧される事もなく、腰元に構えた拳にただ力を溜めている様子。


間違いなく、次の一撃で全てが決まる。

そう思わずに居られない程の空気。

シロに負けてほしくはない、が…もしシロが勝った後、あの姿は元の彼に戻るのだろうか?

その不安を読み取ったのか、離れた場所で構えるセルストの口角がニヤリと釣りあがる。

『…くっ』

何故かその瞬間、彼の目が私を見ていたのが解った。




互いに間合いと一瞬を図る時間が流れる。

猛り狂うようなシロの様子は見た目とは裏腹に冷静にセルストの動きの機微を捉えている。

剝き出しにした圧倒的な殺意の中でも冷静であるのは流石というべきか。

それでも僅かに焦っているように見えるのは、今までのシロを知っているからか、それとも…。

「ガァアアアアアアアアアアアア!!!」

と大きく発した声もまた、今までに聞いた事が無いほどのシロの激情。

『っく!』

離れたこの位置でも、気圧されてしまう。


そして、中を蹴る二つの影。


すれ違うその瞬間、互いの振り抜かれた腕が切り裂いたモノ。


セルストの胸板から血飛沫が上がり、対するシロの右手の爪もまた同じ色の紅に染まる。


しかし、セルストはその身を地に落とす事は無かった。

堕ちたのはシロの巨体。

徐々に元の姿へと戻りながら、力無く、受け身を取る様子もなく、地へと堕ちた。

『シロ!!!』

駆け寄り、抱き寄せるその胸元は紅く、爪の先に残る紅よりも鮮明に。


「魂の腑抜けた器など、守護者としての意義などありはしない。」

その右手、蒼い炎の中に、脈動するナニカを容易く握り潰し、詰まらなさそうに言い放った。


そして眼下の私に向けて尊大な物言いで口を開く。

「フィル=スタット。貴様も俺を止めるなら己の魂を賭けよ。でなくば俺と交わす事すら及ばぬと識れ。ましてそんな老耄に頼り続けるのであれば、時を開けず貴様の生み出すモノを叩き潰してやろう。」


腕の中で力無く目を閉じるシロの姿。

その体は生気というものが感じられない。

『シロ!、シロ!!』

彼がどんな状況なのか、誰が見ても明らかで、ゆっくりと開かれる視線は私を捉える事はない。

「すまぬな…フィルよ。じゃが、最期におヌシに魅せることが出来た。ワシより相応しい者も間もなく戻るはずじゃ。」

そして、今一度先の言葉を繰り返す。


「小僧を頼むぞ。」




そうして光を放ち、先のエルフの指導者と同じ様にその体は世界へ解けて消える。

もう、この腕にその温もりも、心地よい柔らかさも、年寄染みた言葉も、触れる事は出来ない。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


継がれた魂の器は新たな力を運ぶ世界の一部となる。


次回もお楽しみに!

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